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第7章:4

 2011年6月2日午前10時すぎ。初公判が始まった。

 裁判員に選ばれた米澤敏靖さん(27)は、3人の裁判官とほかの裁判員とともに、横浜地裁101号法廷に足を踏み入れた。法壇の後ろから入廷すると、傍聴席に座っていた人たちが一斉に立ち上がった。

 予期しないことで、びっくりした。

 礼をして着席した。ほぼ満員だった傍聴人たちの視線がこちらに注がれている。当時米澤さんは大学4年生。こんなに多くの人に見られるのは初めての体験だった。事前に裁判官から「注目されている事件だから傍聴人が多い」とは聞かされていたが、実際にその場に身を置くと、一気に緊張感が増した。

 「すごいことを引き受けたんだな」

 身が引き締まる思いがした。前日に下見をした、だれもいない法廷の雰囲気とは全く違った。

 担当するのは、3人が殺害された事件。被告の男性(当時59)が目の前に座っていた。丸刈り頭で、上下黒色のジャージー姿だった。

 「どこにでもいるようなふつうのおじさん」に見えた。体の線は細くて、小柄に感じた。「本当にこの人が3人も殺したのだろうか」。正直、そう思った。

 裁判官からはほかにも説明されていたことがあった。被害者参加制度で、被害者遺族が法廷にいる、ということだった。「そういう制度があるんだ」。初めて知ったことだった。

 法廷では、法壇から見て右手に検察官3人、左手に弁護人3人が座っていた。検察官の後ろに被害者遺族とみられる人たちが数人いた。彼らの周囲はついたてで仕切られていて、傍聴席からも弁護人や被告からも遺族の姿は見えない状態になっていた。

 米澤さんは法廷では裁判員の「1番さん」だった。一番右、傍聴席から見れば最も左に着席した。被害者遺族が目の前にいる位置だ。ついたての関係で、裁判体の中で遺族の姿が直接見えたのは、自分と隣の女性裁判員の「2番さん」だけだった。

 公判ではまず、起訴状が読み上げられた。被告の男性が、09年5月、自分が住む川崎市のアパートで大家ら3人を刺殺したという。殺害されたのは、大家の男性(事件当時73)と、大家の弟で、被告の隣の部屋に住む男性(同71)と男性の妻(同68)。

 「(間違いは)ないです」。認…

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