目の不自由な少女が、昭和天皇の左手に触れている一枚の写真があります。1949年6月、宮崎市の宮崎県立盲学校(現・明星視覚支援学校)での場面です。

 昭和天皇は1946年2月から54年8月にかけ、全国各地を回りました。「戦後巡幸」と言われたこの地方訪問は、終戦後、「現人神(あらひとがみ)」から「象徴」になった姿が、広く知られることになった旅だったともいえます。

 その「巡幸」の始まりから今年で70年。冒頭の宮崎訪問も、この旅の一環でした。「少女」とは、村社(むらこそ)マツ子さん。昨年7月、支援学校で、当時の様子を話してくれました。

 小学2年生だった村社さんの教室に、昭和天皇が入ってきました。

 「天皇陛下がおいでになりましたよ」

 「いらっしゃいませ」

 先生の紹介を受け、生徒みんなで元気よくあいさつしました。

 「マツ子さん、あなたのすぐそばにいらっしゃますよ」。先生がそう教えてくれたので、村社さんは立ち上がって「どこです、どこにいらっしゃいますか」と手を差し伸べるように前に出しました。それが冒頭の写真の場面です。

 振り返れば、昭和天皇が体を近づけて触れるようにしてくださったのかもしれません、と村社さんは話していました。

 昭和天皇が亡くなった際、村社さんは朝日新聞の取材にコメントを寄せています(89年1月7日付夕刊)。「あの時、手で陛下を見ました。優しそうなおじさまが、最初の印象でした。いまは亡き両親の喜びは大変なものでした」

 村社さんは闘病の末、今年5月に亡くなりました。病気などでつらいこともありましたが、昭和天皇と交流し、「しっかり勉強して、立派な人になってください」と言われたことを励みにしてきた、と取材に話してくれたのを思い出します。

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