拡大する写真・図版 オバマ米大統領の広島訪問を前に思いを語る日本被団協事務局長の田中熙巳さん=25日午後、東京都港区、小玉重隆撮影

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 本当は謝ってほしい、でも……。被爆者唯一の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」は、27日に広島を訪ねるオバマ米大統領に送った要望書に、謝罪を求めることを盛り込まなかった。これまで願い続けてきたのになぜなのか。

「核廃絶が被爆者への謝罪になる」

 「謝罪を求めないのはなぜですか」「活動の基本方針を変えるということですか」

 東京都内で24日に開かれた記者会見。国内外の記者から、日本被団協の事務局長を長年務める田中熙巳(てるみ)さん(84)に質問が集中した。「核廃絶が前進するのであれば、我慢する」。田中さんは、何かをこらえるような表情で答えた。

 「あの発言の真意は?」。会見の翌25日、田中さんに改めて聞いた。

 要望書は、幼いころに広島で被爆した男性が起草した。今月15日、全国から集まった約20人の代表理事会に諮ったところ、異論は出なかったという。

 だが内容が決まった後も、田中さんには「時間を巻き戻してでも謝罪を盛り込んだほうがいいと言いたい気持ちがあった」と漏らす。

 田中さんは中学1年の時、爆心地から約3・2キロの長崎市の自宅で被爆した。おばをはじめ親戚5人を失った。戦後20年近くが経ち、初めて授かった子は、生まれる直前に死産に。「原爆の影響では」と頭をよぎった。

 被爆者運動に携わって約40年。子どもを失った親の悲しみや怒りを数え切れないほど聞いてきた。火の手が回り、助けを求める幼い子を倒壊した家に置いて逃げた母親、息子の遺骨が見つからず抱くこともできない父親――。謝罪を強く求めていた親世代はほとんど亡くなってしまったが、「謝罪を盛り込まないと聞いたらなんて言うか……」。

 日本被団協は、原爆投下から11年後の1956年8月に結成された。84年の基本要求で「米国への謝罪要求」を明記した。90年代には、米国を相手取った訴訟を検討したこともある。

 原爆投下から71年。47都道府県の被爆者団体で構成されるが、現在4県は高齢化で活動ができない状態になっている。被爆者の平均年齢は昨年、初めて80歳を超えた。核廃絶が進まないことへの焦りは募る。

 そこへ長年、願ってきた現職大統領の広島訪問が実現する。ただ、謝罪を求めれば、米国の世論が反発し、オバマ大統領は行動を起こせなくなるかもしれない。そんな思いが被爆者に広がっていると感じる。「責めてばかりでもいけない」という声も聞いた。その思いが、要望書に反映されたと今は納得している。

 田中さんは、起草した被爆者に謝罪を盛り込まなかった理由を尋ねた。「オバマ大統領のプラハ演説を聴いて、謝罪の気持ちを抱いているのではと感じた」と返ってきた。

 それにオバマ大統領が被爆地で被爆者の話を聞けば何をすべきかわかってくれるという確信もある。被爆者が生きていられる年月にも限りがある。

 「被爆者は苦しみと向き合いながら、核廃絶を求めてきた。オバマ大統領が核廃絶の道をつくることが、被爆者にとっての謝罪になる」。そう信じ、広島訪問を待つ。(貞国聖子)

減る被爆者 認定18万人

 厚生労働省によると、被爆者と認められ「被爆者健康手帳」を所持する人は18万3519人(2014年度末現在)。最も多いときの半数を割った。ここ数年は毎年1万人近くずつ減っている。手帳所持者は、指定された医療機関で原則無料で医療が受けられる。

 日本被団協は、47都道府県の被爆者団体を束ねた全国組織で、活動に賛同する被爆者が会費を払って参加している。参加率は各団体それぞれだが、被爆者の半数以上が会員のところもある。

 1957年4月に施行された原爆医療法(現在の被爆者援護法)により、手帳の交付が始まった。差別や偏見を恐れて申請しない人もおり、初年度末時点で20万984人。被爆者への理解が広がるとともに増え、80年度末時点で最も多い37万2264人になった。それ以降、高齢化とともに減り続けている。

 厚労省によると、いまも手帳の申請をする人がいるという。14年度には582人の申請があり、215人が新たに取得した。

 対象は、原爆投下時に被爆地域にいた直接被爆者▽原爆投下から2週間以内に爆心地から2キロ以内に入った入市被爆者▽被爆者の救護や遺体の処理にあたるなど、放射能の影響を受けるような事情の下にあった人▽被爆者の胎内にいた胎児被爆者。