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 第三章に苦沙弥が旧友の曾呂崎天然居士の墓碑銘を書いて死者に生命を吹き込もうとした場面がある。「空間に生れ、空間を究(きわ)め、空間に死す。空たり間たり天然居士噫(ああ)」――銘の完成後も曾呂崎への思いは語られていく。モデルの米山保三郎(1869~97)は、漱石に英文学への進路変更を促した哲学青年で空間論を研究していた。早く円覚寺で修行して今北(いまきた)洪川(こうせん)から天然の号を与えられ、漱石・子規から「米山法師」「禅坊」と呼ばれた禅の先導者だった。

 明治35年9月19日、漱石の英国留学中、子規は約35年の短い生涯を終える。死の3カ月ほど前、「余は今迄禅宗の所謂(いわゆる)悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何(いか)なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。」と書き、「狗子(くし)に仏性有りや」「祖師西来の意は奈何(いかん)」という二つの重要な公案に「苦」の一語をもって応えた(「病牀(びょうしょう)六尺」二十一)。長い闘病生活から、子規は生死の観点から思索していたのである。

 「猫」には『碧巌録(へきがん…

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