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 沖縄戦を振り返る朝日新聞・谷津憲郎論説委員の連続ツイートまとめ、6月16~23日分です。きょうは慰霊の日、71年前の日々をたどる連載は最終回です。

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1945年6月16日@糸満

 轟(とどろき)の壕(ごう)にいた島田叡(あきら)知事らが、摩文仁の司令部壕へ移った。出発の際、県職員だった山里和枝さんは、鉄かぶと姿の知事にささやくように言われた。「君たち女子供には(アメリカは)どうもしないから、最後は手を上げて出るんだぞ。決して軍と行動を共にするんじゃないぞ」

6月17日@摩文仁

 バックナー中将の降伏勧告文が牛島満司令官に届いた。〈今や戦勢は決定した。この上惨虐(ざんぎゃく)な戦闘を継続(略)するのは、真に忍び得ない〉。牛島司令官は破顔一笑した、と八原博通高級参謀は書く。ここから23日までの1週間だけで、日本側の戦死者は2万人近くにのぼる。

6月18日@大里

 戦闘で足を切断され、病院壕に残された松川正義さんが3週間ぶりに米軍に発見された。生き延びたのは患者30人のうち7人。「はっきり見たんですが、死人は完全に白骨になっていましたね。頭部の毛は少し残っていたんですが、肉はそげおちて何一つ残っていませんでした」

6月19日@摩文仁

 伝令で軍司令部壕についた鉄血勤皇隊(てっけつきんのうたい)の大田昌秀さんはあぜんとした。参謀たちは、民間人に紛れるために地元の黒い着物に着替えていた。「透きとおるばかりの白い手や毛脛(けずね)が着物から不格好にはみ出し(略)その変装は余(あま)りにも哀れであった」。壕からの脱出だった。

6月20日@山城

 池宮城秀意さんらは、壕入り口にクレヨンで看板を掲げていた。「In this cave no soldier.Only civilians women&children.Not handgrenade」。それを読みあげる米兵の声がした。捕虜になった。

6月21日@摩文仁

 サトウキビ畑のかげから白旗を掲げたおかっぱの少女が現れたのを、鉄血勤皇隊の仲村繁さんは見た。民間人や兵隊が後に続く。「投降者だ、あいつらを撃て」と叫ぶ者もいた。敵味方が見守る中、機関銃の音がぴたっとやんだ。「まるでサイレント映画を見ているようだった」

6月22日@摩文仁

 牛島司令官と長参謀長が自決したのは22日未明だ、と米軍は報告している。料理人のナカムタ氏が前夜用意した最後の晩餐(ばんさん)は米、缶入り肉、ジャガ芋、干し魚、鮭(さけ)、豆腐汁、キャベツ、パイナップル、茶、酒。壕の外では、ひとかけらの芋をめぐって日本人同士が争っていた。

6月23日@伊原

 沖縄の戦いはこの日ですべて終わった、のではない。ひめゆり学徒隊の石川節子さんが捕虜になったのは8月22日。級友の遺体が無数に転がる第3外科壕にいた。ひめゆりの塔のある所だ。昼は遺体をひろげて米兵の目を避け、夜になると片付けた。「何の恐怖も感じなかった」

(おわり)

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◆沖縄戦キーワード

 〈沖縄戦と「白旗の少女」〉 太平洋戦争末期、沖縄では1945年3月末から約3カ月、住民を巻き込んだ地上戦があり、約20万人が亡くなった。83年、米軍の記録フィルムを買い取り上映する「1フィート運動の会」が発足すると、「白旗の少女」の存在が話題に。87年に比嘉富子さんが名乗り出た。【2015年7月31日 朝日新聞夕刊】

 〈ひめゆり学徒隊〉 45年3月、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の生徒222人、教員18人の計240人が陸軍病院に動員され、負傷兵の看護に当たった。米軍の攻撃を受け、本島南部に撤退。約3カ月間で136人が犠牲になった。両校の同窓会は89年、ひめゆり平和祈念資料館を糸満市に設立。2004年に展示内容を一新し、元学徒の証言映像の上映が加わった。【2016年5月3日 朝日新聞朝刊】

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 連続ツイート【沖縄戦】に使用した参照文献は次の通り。

 ・参照文献①《県史・市町村史》「沖縄県史9 沖縄戦記録1」琉球政府/「沖縄県史10 沖縄戦記録2」沖縄県教育委員会/「沖縄の慟哭 市民の戦時戦後体験記 戦時編」那覇市/「読谷村史 第五巻資料編4」読谷村/「名護市史叢書6 アメリカの一水兵の沖縄戦日記」名護市教育委員会

 ・参照文献②-1《日本軍》 「沖縄方面陸軍作戦」朝雲新聞社/「沖縄決戦 高級参謀の手記」中公文庫/「沖縄かくて潰滅す」原書房/「沖縄戦に生きて 一歩兵小隊長の手記」ぎょうせい/「私の沖縄戦記」角川ソフィア文庫/「八重山戦日記」ニライ社/「空白の沖縄戦記」昭和出版

 ・参照文献②-2《日本軍》「沖縄戦敗兵日記」太平出版社/「大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌」錦正社/「第32軍司令部 日々命令綴」防衛研究所/「沖縄作戦に於ける歩兵第32連隊史実資料」防衛研究所/「神日誌 其2」防衛研究所/「芙蓉部隊天号作戦々史」防衛研究所

 ・参照文献③《学徒》「沖縄一中 鉄血勤皇隊の記録 上下」高文研/「血であがなったもの」那覇出版社/「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」角川文庫/「きけわだつみのこえ」岩波文庫/「白梅 沖縄県立第二高等女学校看護隊の記録」クリエイティブ21

 ・参照文献④《米軍》「沖縄 日米最後の戦闘」光人社NF文庫/「沖縄戦 アメリカ軍戦時記録 第10軍G2(秘)レポートより」三一書房/「ペリリュー・沖縄戦記」講談社学術文庫/「沖縄 シュガーローフの戦い」光人社NF文庫/「日本兵を殺した父」原書房/「沖縄特攻」朝日ソノラマ

 ・参照文献⑤《住民》「鉄の暴風」沖縄タイムス/「新聞三十年」沖縄タイムス/「激動の沖縄百年 新聞重要紙面」月刊沖縄/「沖縄の島守 内務官僚かく戦えり」中公文庫/「戦禍と飢え 宜野湾市民が綴る戦争体験」宜野湾がじゅまる会/「沖縄に生きて」サイマル出版会/「沖縄・八十四日の戦い」新潮社/「慶良間列島渡嘉敷島の戦闘概要」渡嘉敷村遺族会

 ・参照文献⑥《本土》「戦中派不戦日記」講談社文庫/「敗戦日記」中公文庫/「海野十三敗戦日記」中公文庫/「昭和天皇独白録」文春文庫/「木戸幸一日記」東京大学出版会/「暗黒日記」評論社/「太平洋戦争日記」新潮社(論説委員・谷津憲郎