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「おまえがいないとごはんが食えない」

(若年認知症になり55歳で退職を余儀なくされた夫の言葉)

 33年間勤めた会社を、55歳で退職を余儀なくされた夫。自転車を盗んだり、スーパーで万引きをしたりと、犯罪行為を重ねるようになった。そのたび私が交番に呼び出される。しかし、本人には罪悪感がない。

 「同じことを何回聞くの」という私の一言で逆上し、本気で私の首を絞めようとした暴力もあった。修羅場の繰り返しであった。私が「この家を出ます。離婚しよう」というと、夫は「おまえがいないとごはんが食えない」と答えた。「じゃ一緒に死のうか?」というと、「死ぬのは嫌だ」と言う。生きるか死ぬかという日々もあった。しかし、かつて一緒にゴルフを楽しんでいた時の優しかった夫を思い出し、耐えた。

 58歳でピック病(前頭側頭型認知症)の若年認知症と診断された。病気が万引きなどの多くの問題行為をさせていたのだと知った。本当につらかったのは夫だったと気づいた。申し訳なくかわいそうなことをしたと思う。夫は精神科病院に4年半入院し、特養で9年近く暮らした。73歳で亡くなった。

 長い介護の中で苦しみがあった。不安もあった。悔しさもあった。困難が多かった分、最後は愛(いと)しくなり、赤ちゃんのように抱きしめたくなった。

◆さいたま市 新井雅江さん

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 朝日新聞文化くらし報道部「介護 あのとき、あの言葉」係

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