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「『徘徊(はいかい)』という言葉を、もっと柔らかい、本人の自主性があるんだというニュアンスが感じ取れる語句に変更できればと思います」

(JR東海の列車事故で認知症の父を亡くした66歳の長男の言葉)

 2007年12月、愛知県大府市で、ひとりで外出した認知症の男性(当時91)が、列車にはねられて亡くなった。長男を含む家族は、振り替え輸送費などの賠償を求めるJR東海から訴えられたが、最高裁は家族の責任を否定し、勝訴の判決を下した。長男は今月12日、初めて公の場で父のことや裁判のことを語った。京都市で開かれた「認知症の人と家族の会」の総会での講演、その後の記者とのやりとりから。

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 外によく出たがっていた父、「お世話になりました。あっちの家に帰ります」と言っていた父。介護していた私の妻が後をついていくと、決まってかつて勤めていた農協の方向や、自分が生まれ育った実家に向かっていきました。

 いわゆる「徘徊」というと、無目的で右に行ったり左に行ったりというイメージを受けがちですが、そうではなくて目的意識を持って歩いていた、と妻は言っております。徘徊という言葉のイメージが、一連の報道でも少し誤った感じを与えているのではないかな、と少し私は心配しております。

 妻が感じたのは、父は記憶をたどりながら行く、でも景色が違っているので自分の居場所がわからなくなってしまう、ということ。最初から右に行ったり左に行ったりということは全くなかったそうです。

 かつての「痴呆(ちほう)」という言葉は「認知症」になりました。ひとりで外出して帰れなくなった状況についても、同じように適当な言葉があれば……。もっと柔らかい、本人の自主性があるんだというニュアンスが感じ取れる語句に変更できれば……。そう思います。

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 朝日新聞文化くらし報道部「介護 あのとき、あの言葉」係

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