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◆チェルノブイリ特別編:4

 1986年4月に起きた旧ソ連・チェルノブイリ原発事故では、高放射線の下で作業した人たちの多くが、ある共通の感覚を経験した。「口の中で鉄の味がした」というものだ。

 ベラルーシ南部のゴメリ近くにサビチという小さな村がある。今年3月末の段階でも、ブルドーザーが家を壊し、森の木を倒して地面に埋めていた。汚染地に人が住みつくのを防ぐためだ。30年を過ぎても事故処理の作業が続く村だ。

 事故直後の86年5月、ベラルーシのテレビ局の記者だったガリーナ・ズロベンコさん(72)はこの村を訪れた。

 事故2週間後の5月10日、テレビ局の数人が上司からひそかに呼び出された。上司は「これは上からの圧力ではない、『お願い』だ」といった。「お願い」とは原発近くの村で始まっている農民の強制疎開を撮影、記録することだった。

 翌11日、バスにフィルムを満載して首都ミンスクを出発した。汚染地に向かう途中、20代の若い運転手は、「あなた方は40代で十分人生を見てきたからいいが、私はまだ若いし、結婚もしたい」と言ってバスを降りてしまった。運転手が代わった。

 サビチ村など原発に近い地域は大混乱だった。即時疎開を命じられた農民は泣きながら荷づくりをし、家の窓に板を打ち付け、家畜を追い立てていた。

 「放射能除去に効く」といわれていたウォッカを飲んで酔っ払っている人も多かった。殺されると知った牛や豚の叫びが響きわたる異常な状況の中、ガリーナさんらは懸命にフィルムを回した。

 ガリーナさんはこの経験を語る途中で「鉄の味」の話を切り出した。「5月12日の朝から口の中で金属をなめるような味がした」。他のスタッフも同じだった。「チョコレートを食べるとき銀紙を一緒に口に入れてしまうときがあるでしょう? あの嫌な味です」

 チェルノブイリ事故で被曝(ひ…

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