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 しかし早晩自分の所有すべき布団の上に挨拶もなく乗ったものは誰であろう。人間なら譲る事もあろうが猫とは怪(け)しからん。乗り手が猫であるというのが一段と不愉快を感ぜしめる。これが鈴木君の心の平均を破る第二の条件である。最後にその猫の態度が尤も癪(しゃく)に障(さわ)る。少しは気の毒そうにでもしている事か、乗る権利もない布団の上に、傲然(ごうぜん)と構えて、丸い無愛嬌(ぶあいきょう)な眼をぱちつかせて、御前は誰だいといわぬばかりに鈴木君の顔を見詰めている。これが平均を破壊する第三の条件である。これほど不平があるなら、吾輩の頸根っこを捉(とら)えて引きずり卸したら宜(よ)さそうなものだが、鈴木君はだまって見ている。堂々たる人間が猫に恐れて手出しをせぬという事はあろうはずがないのに、なぜ早く吾輩を処分して自分の不平を洩(も)らさないかというと、これは全く鈴木君が一個の人間として自己の体面を維持する自重心の故であると察せらるる。もし腕力に訴えたなら三尺の童子も吾輩を自由に上下し得るであろうが、体面を重んずる点より考えると如何に金田君の股肱(ここう)たる鈴木藤十郎その人もこの二尺四方の真中に鎮座まします猫大明神を如何(いかん)ともする事が出来ぬのである。如何に人の見ていぬ場所でも、猫と座席争いをしたとあっては聊(いささ)か人間の威厳に関する。真面目に猫を相手にして曲直を争うのは如何にも大人気(おとなげ)ない。滑稽(こっけい)である。この不名誉を避けるためには多少の不便は忍ばねばならぬ。しかし忍ばねばならぬだけそれだけ猫に対する憎悪の念は増す訳であるから、鈴木君は時々吾輩の顔を見ては苦い顔をする。吾輩は鈴木君の不平な顔を拝見するのが面白いから滑稽の念を抑(おさ)えてなるべく何喰わぬ顔をしている。

 吾輩と鈴木君の間に、かくの如き無言劇が行われつつある間に主人は衣紋(えもん)をつくろって後架から出て来て「やあ」と席に着いたが、手に持っていた名刺の影さえ見えぬところを以て見ると、鈴木藤十郎君の名前は臭い所へ無期徒刑に処せられたものと見える。名刺こそ飛んだ厄運(やくうん)に際会したものだと思う間もなく、主人はこの野郎と吾輩の襟(えり)がみを攫(つか)んでえいとばかりに椽側へ擲(たた)きつけた。

 「さあ敷き玉え。珍らしいな。…

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