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 「猫」を書くことは一種の治療(セラピー)だった。漱石が宿痾(しゅくあ)とした胃病系ならびにイギリスから持ち越した精神系の病理の影が随所に見受けられるからだ。もちろん〈吾輩〉の動物的習性や猫社会の生態の描写も新鮮で面白い。〈吾輩〉を含めて漱石の戯画化された人物たちが躍動し、猫の目という自由な認識装置を通して、人間社会の様相が該博な知識を裏づけにして冗舌に語られている。その手法は、ラブレーなど西洋中世文学の流れをくむ、18世紀英文学の「脱線文学」を連想させる。

 「脱線文学」は、ストーリーを無視し、あえて脱線や逸脱を重ねる筋のない複雑な構成をもつ。その代表格は「猫」第四章に登場するスターンの「トリストラム・シャンディーの生涯と意見」だろう。若き漱石は評論「『トリストラム・シャンデー』」(1897)を書き「結構なし、無始無終なり、尾か頭か心元なき事海鼠(なまこ)の如し」と評したが、この言葉は「猫」にも通じる。愛読したスウィフトの「桶(おけ)物語」やカーライルの「衣服哲学(サーターリザータス)」などの風刺文学も同系列に属している。

 漱石の文学概念は柔軟だった。…

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