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 芸術的な安打を放っても、屈辱的な凡打に終わっても、イチローが感情をむき出しにしたところを見たことがない。

 どんな状況でも、自分をコントロールできるのがプロ。その美学をのぞかせるのが、三振に倒れたときだ。

 背筋を伸ばし、堂々と胸を張る。ゆっくりと歩き、悠然とベンチに引き揚げていく。

 悔しさは、間違いなくあるだろう。ただ、それ以上に、打席に立つまで、完璧に準備をしてきたという自負がある。だからこそ、結果うんぬん、周りに何を言われようが、心はぐらつかない。

 言い訳が許されない勝負の世界。そこで「天才打者」として生きる男は、失敗から目を背けないことで前に進んできた。

 「プロの世界でやっていて記憶に残るのは、うまくいかなかったこと。その記憶が強く残るから、ストレスを抱える。その中で瞬間的に喜びが訪れる。それがプロのだいご味」

 27歳のとき、大リーグで初安打した。マリナーズ時代の2001年4月2日。アスレチックス戦の七回、ゴロで中前に運んだ。以来16年かけて、米国で積み上げた安打は3千本に達した。一方、相手投手にねじ伏せられた数は、その倍以上の7千回近い。

 大リーグで2度の首位打者に輝き、04年に年間最多記録の262安打を放ち、01~10年まで前人未到の10年連続の年間200安打以上をマーク。数々の偉業を打ち立ててきたイチローだが、自身について最も評価するのが、野球に取り組む真摯(しんし)な姿勢だ。

 13年8月、日米通算で4千安打を記録したとき、こう語っている。「4千の安打を打つには、8千回以上は悔しい思いをしてきた。それと常に向き合ってきた。誇れるとしたら、そこじゃないかな」

 今、42歳。現役大リーガーで最年長の野手となり、帽子を脱げば白髪が目立つ。だが、「年齢」という枠に、自らをはめ込もうとはしない。40代に入ると、これはできるが、あれができなくなる――。そんな固定観念にとらわれることで、成長が止まることを嫌っている。

 「25歳でも45歳に見える人は、たくさんいる。その反対であるようになるため、ちょっとずつ前に進みたい」。今でも理想の打撃フォームを追い求め、速く走れるように長く愛用したスパイクメーカーを昨季から変えた。

 通算打率は3割1分を超えるスーパースターも、13年のシーズンからは、徐々に出場機会は減り、打撃では規定打席に届かない。

 主に控え要員だった昨季は、打率2割2分9厘、1本塁打。今季も、ベンチに座り、ユニホームを汚すことなく、試合終了を迎えることは珍しくない。しかし、愚痴はこぼさず、日々の練習を怠らない。「しんどいと思うことはあるが、そこが頑張りどころ」

 試合前、ストレッチで体をほぐす時間の長さ、遠投でボールを投げる本数、ダッシュを繰り返す回数――。

 そんな数字は公式記録に存在しないが、走攻守に磨きをかけるイチローの練習量を超える大リーガーは、そうそういないだろう。

 日本で1278安打、米国で3千安打。イチローが生み出してきた一つ一つのヒットからは、人が忘れてしまいがちなメッセージが伝わってくる。

 努力は道を切り開く。(村上尚史)