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 東京電力福島第一原発事故で福島県南相馬市南部に出ていた避難指示について、政府は12日午前0時、ほぼ全域で解除した。解除は、福島県楢葉町や葛尾村などに次いで6例目。対象者は1万人を超え、過去最多の解除となった。

 解除対象は、帰還困難区域(1世帯2人)をのぞく同市小高区全域と原町区の一部の3487世帯1万807人。ただ、放射線への不安が残ったり、避難先ですでに生活が落ち着いたりした人も多く、帰還する住民は少ないとみられている。帰還に備えて自宅に泊まる準備宿泊の申し込みは対象の2割弱の約2千人にとどまる。

 12日朝には解除にあわせ、JR常磐線の小高―原ノ町駅間9・4キロの運行が5年ぶりに再開する。政府は来年3月までに、帰還困難区域を除くすべての区域で避難指示を解除する方針だ。

起業が照らす復興の道

 解除を控えた11日、JR小高駅近くの小高郵便局では道路沿いの掲示板に「おかえりなさい」の文字が掲げられた。ただ、目抜き通りの商店はシャッターを閉ざしたままの店が多く、歩く住民もまばらだ。そんな中、和田智行さん(39)は自ら起業することで雇用を生み出し、にぎわいを取り戻そうとしている。

 小高駅近くの、10坪ほどの小さな工房。11日も4人の女性がガスバーナーでガラス素材に繊細な細工を加えていた。「女性に魅力的な職場を」という思いから、今年6月に和田さんが耐熱ガラスメーカー「HARIO」と提携し、アクセサリー工房を立ち上げた。

 「一つの巨大な産業に依存して成り立つ地域づくりはやめなければいけない」と和田さん。原発に頼った末、多くの住民が避難せざるを得なくなった。だが、国は福島県沿岸部を「イノベーション・コースト」と位置づけ、廃炉作業に使うロボット開発などに1千億円を投じる考えだ。

 市内小高区で半世紀以上続く織物会社の長男。大学卒業後、ITベンチャーを立ち上げ、2005年に家族4人で小高区に戻った。その6年後、原発事故に見舞われた。5カ所目の避難先の会津若松市で大企業の工場撤退に揺れる様を目の当たりにした。「自分たちの町を誰かに委ねることはできない」と思った。

 14年春、和田さんは家族を会…

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