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 オバマ米大統領の広島訪問を受け、日米の「和解」ムードが漂う中で、被爆71年目の夏を迎えた。だが、核が人類にもたらしたものの本質はどこまで理解されただろうか。カナダ在住の科学者で「原爆と原発」「放射能と人体」などの著書がある落合栄一郎さんに、寄稿してもらった。題して、「核を守ろう」とする側と「いのちを守ろう」とする側。

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「原爆と原発」「放射能と人体」著者、科学者・落合栄一郎さん寄稿

 歴史をたどってみると、何か大きな発見があると、人類はそれをまずは武器に利用しようとしてきたことがわかる。人類の困った性である。莫大(ばくだい)な費用をかけて核分裂を兵器にすることに、まずは第2次世界大戦中に「マンハッタン計画」を進めた米国が成功した。この莫大(ばくだい)な費用は、開発に関係した企業に多大の利益をもたらした。そして、世界の大国は相次いで、核兵器の開発に躍起となった。

 兵器としての開発が済むと、そのノウハウを生かして、さらに核から利益を得るべく、「原子力の平和利用」と称して原発を推進した。原爆の残酷さを知る日本は、それを心情的に和らげるべく、アメリカから「原子力(核)エネルギーは平和的目的に使うこともできるのですよ」と説得された。そのため、日本のような狭い島国の、しかも地震が起きやすい国土の上に、54基もの原子炉を建設してしまった。

 こうした核産業の開発途上では、負の側面、つまり放射能の生命への危険に気づいた研究者もいた。しかし、米国の科学者ゴフマン博士らによると、こうした問題を上司に報告した研究者は「いまさら危険があるなどとは言えない。否定し続けるしかない」と言われるのが常であった。

 ここに、「核を守ろう」とする側の、「いのちの軽視」の原点がある。その後の発展で強大な権力を持ってしまった核産業側は、核産業そのものを否定するような事実、すなわち放射線の悪影響を隠蔽(いんぺい)し、否定し続ける施策をとってきた。そして、核産業に依存する科学者や専門家もそれを支援してきた。

 「いのちを守ろう」とする側は…

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