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 31日に投開票された知事選で、元防衛相の小池百合子氏(64)が初当選を決め、初の女性都知事の座をつかみ取った。小池氏は選挙戦で行財政改革や知事報酬の削減などを主張。自民都連や都議会自民との対決姿勢を強調し、都議会の「冒頭解散」も打ち出したが、当選を確実にした後は「議会のみなさまと連携させていただく」と語った。

「見たことない都政を」

 「みんなが輝ける東京をと訴えてきた。楽しい選挙をさせていただいた」

 午後8時すぎ、小池氏は当選確実の知らせ受け、豊島区の事務所に姿を見せた。報道陣が一斉にフラッシュをたく中、支援者から花束を受け取り、笑顔であいさつした。

 ニュースキャスターから政治家に転身して24年。「国政を離れ、一人の人間として組織のしがらみを超えて知事選に邁進(まいしん)していく」。自民都連にいったんは推薦を依頼したが取り下げ、「崖から飛び降りた」と表現して出馬に踏み切った。「これまでで最も厳しい戦い」と引き締め、過去の選挙戦ではほとんどしなかったタスキと鉢巻き姿で街頭を駆け回った。

 「一握りの人が、いつ、どこで、何を決めているか分からないような都政はやめる」と都政の透明化を主張。表立って応援する自民議員は若狭勝衆院議員と地盤の豊島、練馬の区議7人だったが、無所属の都議や区議らが支援し、延べ500人のボランティアスタッフが活動を支えた。ターミナル駅前などで多い日は15回の街頭演説を重ね、八丈島や多摩地域にも足を運んだ。保育所や障害者施設など11カ所を視察し、子育てや介護などの問題解決に女性の発想力が必要と訴えた。無党派層を意識して活動の様子をフェイスブックやツイッターでも積極的に発信。幅広い層に支持を広げた。

 街頭演説ではイメージカラーの緑色のものを身につけた支援者が日を追うごとに増え、陣営担当者も驚くほどの熱気に包まれた。

     ◇

 小池氏のあいさつの主な内容は次の通り。

 みなさま方に支えていただき当選を果たすことができた。心から感謝を申しあげます。選挙戦の期間中、私の思い、私の政策について、八丈島から多摩、23区、市、くまなく回らせていただいた。都民のみなさま方の生活がより良くなるように、女性も男性も子どもも大人もお年寄りも、障害を持った方々も、みんなが輝ける東京を、ということを訴えた。SNSなども活用しながら、人の輪が本当に広がっていった。(イメージカラーの)緑の何かをつけてきてくださいと申し上げたら、Tシャツやスカーフ、タオル、ゴーヤやブロッコリーを持ってこられ、これまでにない楽しい選挙をさせていただいた。結果の重みを感じながら、しっかりと都政に邁進(まいしん)して参りたい。これまでにない都政、これまで見たこともないような都政を、みなさま方とともに進めて参りたい。

待機児童・五輪・防災…課題山積

 小池百合子氏は都政のさまざまな課題に直面する。

 都内の待機児童は4月1日現在で8466人に達し、2年ぶりに増加した。保育所を新設しても、人口の流入などで需要が上回る状況だ。介護の分野でも、特別養護老人ホームの待機者は都内で4万3千人(2013年10月時点)と全国最多。保育士や介護職員の確保も課題だ。

 4年後の東京五輪・パラリンピックの費用負担をめぐっては、大会組織委員会や国との綱引きが続く。テロ対策などソフト面の準備も欠かせない。

 江東区の豊洲市場の開場が11月7日に迫るが、今回の知事選の選挙戦では、中央区の築地市場の内外で意見の統一ができていないことなどを理由に先送り論も出た。計画が変更されるなら混乱は避けられない。

 首都直下地震での被害軽減など、防災力の向上も課題だ。木造住宅密集地域の問題や帰宅困難者の一時滞在施設の不足などに、新知事としてどう取り組むか、手腕が問われる。

自民「締め付け」反発も 増田氏

 「残念ながら結果が伴わなかった」。元総務相の増田寛也氏(64)は午後8時20分ごろ、推薦を受けた自民、公明などの国会議員や都議ら支援者約50人が待つ千代田区の事務所に姿を見せ、厳しい表情で語った。

 元建設官僚で、岩手県知事を3期12年、その後総務相も務めた経歴から、選挙戦では「実務家」としての強みをアピールした。「子育て」「高齢者」「災害」の三つの不安の解消に努めるとも強調。「就任して1カ月以内に待機児童解消の地域別プログラムをつくる」と明言した。

 ただ、小池氏の自民批判に対し、党都連が所属議員らに「増田氏以外を応援した場合、処分対象」との文書を配り、自民支持者の一部からは「締め付けだ」との反発も起きた。あるベテラン都議は「仮想敵をつくる『小池劇場』にはまってしまった」と漏らした。

 このため陣営は組織固めを徹底し、議員らが電話や街頭で「自公の推薦候補は増田氏」と繰り返した。増田氏も島部を除く全区市町村を回ったが、支持を広げることはできなかった。「『都政に安定を』と訴えたことは都民に届いたのではないか」。増田氏はそう選挙戦を振り返った。

野党統一も浸透できず 鳥越氏

 野党4党の統一候補、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)は午後8時20分ごろ、港区の事務所で、野党議員や支援者ら約150人を前にすっきりした表情で語りかけた。

 「生まれて初めての選挙戦が終わって、正直なところ、ほっとしている。本当に心から感謝しています」

 毎日新聞記者、サンデー毎日編集長、テレビキャスターとして報道の現場で51年。参院選で改憲勢力が3分の2に達したことに危機感を抱き、「首都東京で自公勢力をはねのけなくてはならない」と告示2日前に出馬を表明した。ただ、この日は「準備不足はもちろんあった」と打ち明けた。

 大腸がんなど4回のがん手術を乗り越え、「人生で今が一番健康。精神的にも充実している」と強調。当初は1日1回だった街頭演説を段階的に増やし、知名度を生かしてターミナル駅などを中心に立った。「護憲」「反核」を主張し、市民連合や市民団体の支援も得たほか、歌手や作家など著名人らも支持を訴えたが、浸透をはかれなかった。

 都政については都議らからレクチャーを受けたほか、保育や介護の現場を視察。「待機児童、待機高齢者、東京五輪・パラリンピック費用の情報隠し、原発の『四つのゼロ』を実現する」と公約した。

 「得がたい経験をした。今後は報道の現場の人間として(都政の)行方を見守り、チェックしたい」と鳥越氏。「次の衆院選でも野党4党は統一して戦ってほしい。戦ってみた私からの要望」と語ると、落胆していた支援者らから「よし!」と拍手が沸いた。