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 日航ジャンボ機墜落事故から12日で31年。遺族の高齢化が進み、風化も懸念されるなか、各地の事故や災害の遺族らが連携を強めている。国内の航空事故は1960~80年代に相次いだ。事故現場の地元は継承に取り組み、航空会社も安全教育に力を入れている。

 日航機が墜落した御巣鷹の尾根がある群馬県上野村で11日夜、520人の犠牲者を慰霊する灯籠(とうろう)流しがあった。300個ほどの灯籠が水面に浮かんだ。

 遺族がつくる「8・12連絡会」事務局長の美谷島邦子さん(69)=東京都大田区=は静かに手を合わせた。31年前、小学3年生だった息子の健君(当時9)を失った。

 事故の風化が心配だ。8・12連絡会は85年12月に約280家族が参加したが、今は140ほど。高齢化が進み、連絡が途絶える遺族もいる。

 次世代に語り継ごうと、今年初めて、健君が通った地元の小学校で事故を伝える授業をした。7月末には、授業を受けた6年生4人と御巣鷹の尾根に登った。「命の重みを伝えていかなければ」。各地で講演も重ねている。

 美谷島さんらの活動が、各地の事故の遺族や災害の被害者を結びつける。

 山形県東根市の自衛官、佐々木清和さん(49)は今年初めて灯籠流しに足を運んだ。東日本大震災があった11年、宮城県名取市に住んでいたが、津波で妻と娘、義父母を亡くした。

 今年2月、名取市を訪れた美谷島さんの講演で、家族への思いと再発防止を求める言葉を聞いて共感。震災の語り部を始めたばかりだった佐々木さんは「事故や災害の被害者がもう出ないよう、自分も長く伝え続けるにはどうしたらいいか」と考え、他の遺族らと話そうと訪れたという。

 05年のJR宝塚線(福知山線)脱線事故で一人娘の中村道子さん(当時40)を失った大阪市の藤崎光子さん(76)は、事故直後に美谷島さんから連絡をもらった。「遺族1人では企業と向き合えない。声を上げるには仲間が必要」と言われ、遺族会結成を呼びかけた。今は別の事故遺族と一緒に、安全をないがしろにした企業の組織的責任を広く問う法整備ができないか、勉強会を続けている。

 06年に高校2年生の息子(当時16)がシンドラーエレベータ社製エレベーター事故で亡くなった東京都の市川正子さん(64)は、御巣鷹の尾根を「二度と同じ事故を企業や社会に起こさせないと遺族が誓い合う場」と考えている。

 灯籠流しには、05年の東武伊勢崎線竹ノ塚駅の踏切事故や、14年の御嶽山噴火の遺族らも集まった。過去には、94年の名古屋空港での中華航空機事故、01年の兵庫県の明石歩道橋事故、12年の関越道バス事故の遺族が訪れた。美谷島さんは「様々な遺族の痛みをそれぞれが共有して発信することが、事故抑止につながると信じている。これからも語り続けていかなければならないと思う」と語った。(三浦淳、伊藤嘉孝)

■風化と戦…

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