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 脊髄(せきずい)神経の病気で右ひじが動かせず、捕球後、瞬時にグラブを持ち替えて返球する「グラブスイッチ」の技術を体得した選手が、甲子園の土を踏んだ。境(鳥取)の控え外野手、高橋峻也君(3年)。チームは13日の大会第7日第2試合で明徳義塾(高知)に2―7で敗れたが、高橋君は最後まで勝利を信じてベンチで応援に声をからした。

 試合前ノック。背番号10の高橋君は甲子園のグラウンドを全力で駆けた。右翼で打球を左手のグラブで捕球すると、いつものように瞬時にグラブを外して左手で返球した。先発メンバーからは外れたが、ベンチで懸命に仲間を励ました。

 3歳の時、脊髄の神経の病気で右ひじを動かせなくなった。小学2年生の頃、境野球部OBの父が米大リーグで活躍した隻腕のジム・アボット投手の存在を知り、練習させた。約1年後に習得。小学3年で地元の軟式野球チームへ。打撃では左腕の力を頼りにバットを振り、本塁打も放った。たちまちうわさが広まった。「片手でホームランを打ったすごいやつがいる」

 当時別のチームにいた中堅手の松原大地君(3年)は、うわさを耳にした1人。守備もそつなくこなす姿に驚いた。高校入学後、境の仲間に高橋君がいた。

 全体練習後も2人残って最高500本の素振りに取り組んだ。入部の年の秋、松原君と高橋君はともにベンチ入りを果たした。「峻也のおかげで続けてこられた」。松原君は感謝の気持ちでいっぱいになった。

 今春、左手首をけがした主将の浜智也君(3年)は試しに「グラブスイッチ」を練習でやってみた。いつもの倍以上の時間がかかった。「やっぱり、あいつ本当にすごい」。見ていた高橋君は「俺はずっとそれやっとるけん」と笑った。

 「高橋はとにかく一生懸命。周りにも努力させる雰囲気を作ってくれる」と井畑佑太コーチ(28)。チームに影響を与え、9年ぶりの夏の甲子園をつかんだ。

 グラブに刺繡(ししゅう)された言葉は「継続は力なり」。これまでその通りの野球を続けてこられたと思っている。

 高橋君は試合後、左手で甲子園の土を袋に詰めこんだ。「試合に出られなかったのは悔しいけど大観衆の前で試合前ノックを見てもらえた。甲子園は楽しかった。ハンディがある人にチャレンジする気持ちが伝わればうれしい」と話した。(横山翼)

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