[PR]

 朝日新聞1面のコラム「折々のことば」が、きょう500回を迎えました。哲学者の鷲田清一さんが縦横無尽に探し出した古今東西の言葉を、昨年4月から毎朝お届けしてきました。60文字以内の言葉、152~180文字の解説で伝えようとしてきたことを、鷲田さんに聞きました。

 僕はノートに「折々のことば」の切り抜きを貼っていて、480回で1冊になりました。「来たぞ1冊」と。同時に、むかし著書のデータが1枚のCDにおさまった時の寂しさと似て、「これだけやって1冊か」と(笑)。

 1面で、多くの方が読むので異論は覚悟していて、実際きついお手紙をいただくこともあります。ご自身のつらい経験と重ねて言葉を読んだというお手紙もありました。言葉をきっかけに、思い詰めていた事柄を別の視点から見られるようになり、背負っている荷物がちょっとでも軽くなればうれしいですね。

 言葉を紹介する時には、今起きている事件や政治的な問題から、ぐっとカメラを引いてアングルを広く取るようにしています。「天声人語」よりもさらに引くのが、「折々のことば」の意義だと思っています。百年や千年の昔に、よく似た事態について書いている人がいる。海外で全然違う事件について語られたことが、今ここの事件に向き合う時にすごく役立つこともあります。問題を考える時の補助線になるような言葉、「今までそんな風に考えたこともなかった」というような言葉を、探しています。

 東日本大震災後の政治の混乱を見る際にも、今を直接語るより、今とよく似た過去の言葉を鏡にしようとしてきました。特にアジア・太平洋戦争の「戦後」や、関東大震災など過去の震災の「災後」、あるいは幕末・明治維新の動乱の後に、思想家、芸術家が語った言葉は意識的に選んでいます。政治学者の丸山真男、画家の香月泰男、考現学創始者の今和次郎、福沢諭吉――。動乱の後に最初にどんな言葉が、思想が立ち上がったのかがすごく気になります。昔の言葉が今のことを言い当てているように見えるのは、それだけ問題が根深くて簡単には変わらない、ということでもあります。

 アジア・太平洋戦争で兵士として中国に行った版画家の浜田知明さんや、旧満州から難民として引き揚げた俳優の森繁久弥さんの言葉は、憲法改正や安保法制について直接語る言葉以上に衝撃的です。賛成とか反対とか以前に、彼らの言葉だけで通じるものがあります。

 熱くなってつい、カメラを引かずに現代に近づきすぎてしまうのは、教育をテーマにした時です。ずっとやってきたことだから職業病ですね。他人が人を造り変えられるという「妄想」を持って教育に携わることの危うさを語った、評論家の福田恆存(つねあり)の50年以上前の言葉は、間を置かず2度引きました。誤った万引き記録に基づき進路指導された中学生が自殺したことが明るみに出た時と、大臣がゆとり教育との決別を宣言した時です。

 「折々のことば」で取り上げる言葉は、昔から自分がすごく刺激を受けてきたものが多いです。言葉を反芻(はんすう)し、自分の経験と照らし合わせながら、長く付き合ってきた言葉です。新しい本や発見したばかりの言葉を取り上げた時は、掲載してしばらくたってから、他にも意味が含まれていることに気づく場合もあります。旧友や恩師と同じで、出会った頃と、50年付き合ってきた後とでは、魅力を感じる所や関係の意味が全然変わってくる。本当に大事な言葉ほど、触れた人との関係の中で深化していきます。(聞き手・高重治香)

     ◇

 わしだ・きよかず 1949年、京都市生まれ。哲学者。大阪大教授・総長などを経て、京都市立芸術大学学長や、せんだいメディアテーク館長を務める。近著に「素手のふるまい」(朝日新聞出版)。雑誌「本の窓」(小学館)で評論「つかふ 使用論ノート」を連載中。