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 新式のうちにはなかなか趣味の深いのがある。第一に蟷螂狩(とうろうが)り。――蟷螂狩りは鼠狩りほどの大運動でない代りにそれほどの危険がない。夏の半(なかば)から秋の始めへかけてやる遊戯としては尤(もっと)も上乗のものだ。その方法をいうと先(ま)ず庭へ出て、一匹の蟷螂(かまきり)をさがし出す。時候がいいと一匹や二匹見付け出すのは雑作もない。さて見付け出した蟷螂君の傍(そば)へはっと風を切って馳けて行く。するとすわこそという身構(みがまえ)をして鎌首をふり上げる。蟷螂でもなかなか健気(けなげ)なもので、相手の力量を知らんうちは抵抗するつもりでいるから面白い。振り上げた鎌首を右の前足でちょっと参る。振り上げた首は軟かいからぐにゃり横へ曲る。この時の蟷螂君の表情が頗る興味を添える。おやという思い入れが充分ある。ところを一足飛びに君の後ろへ廻って今度は背面から君の羽根を軽(かろ)く引き搔く。あの羽根は平生(へいぜい)大事に畳んであるが、引き搔き方が烈(はげ)しいと、ぱっと乱れて中から吉野紙(よしのがみ)のような薄色の下着があらわれる。君は夏でも御苦労千万に二枚重ねで乙(おつ)に極まっている。この時君の長い首は必ず後ろに向き直る。ある時は向ってくるが、大概の場合には首だけぬっと立てて立っている。こっちから手出しをするのを待ち構えて見える。先方がいつまでもこの態度でいては運動にならんから、あまり長くなるとまたちょいと一本参る。これだけ参ると眼識のある蟷螂なら必ず逃げ出す。それを我無洒落(がむしゃら)に向ってくるのはよほど無教育な野蛮的蟷螂である。もし相手がこの野蛮な振舞をやると、向って来たところを覘(ねら)いすまして、いやというほど張り付けてやる。大概は二、三尺飛ばされる者である。しかし敵が大人(おとな)しく背面に前進すると、こっちは気の毒だから庭の立木を二、三度飛鳥の如く廻ってくる。蟷螂君はまだ五、六寸しか逃げ延びておらん。もう吾輩の力量を知ったから手向いをする勇気はない。ただ右往左往へ逃げ惑うのみである。しかし吾輩も右往左往へ追(おっ)かけるから、君はしまいには苦しがって羽根を振(ふる)って一大活躍を試みる事がある。元来蟷螂の羽根は彼の首と調和して、頗る細長く出来上がったものだが、聞いて見ると全く装飾用だそうで、人間の英語、仏語、独逸(ドイツ)語の如く毫も実用にはならん。だから無用の長物を利用して一大活躍を試みたところが吾輩に対して余り功能のありよう訳がない。名前は活躍だが事実は地面の上を引きずってあるくというに過ぎん。こうなると少々気の毒な感はあるが運動のためだから仕方がない、御免蒙(ごめんこうむ)って忽(たちま)ち前面へ馳け抜ける。君は惰性で急廻転が出来ないからやはりやむをえず前進してくる、その鼻をなぐりつける。この時蟷螂君は必ず羽根を広げたまま仆(たお)れる。その上をうんと前足で抑(おさ)えて少しく休息する。それからまた放す。放して置いてまた抑える。七擒七縦(しちきんしちしょう)孔明(こうめい)の軍略で攻めつける。約三十分この順序を繰り返して、身動きも出来なくなったところを見済してちょっと口へ啣(くわ)えて振って見る。それからまた吐き出す。今度は地面の上へ寐たぎり動かないから、こっちの手で突っ付いて、その勢で飛び上がるところをまた抑えつける。これもいやになってから、最後の手段としてむしゃむしゃ食ってしまう。ついでだから蟷螂を食った事のない人に話して置くが、蟷螂はあまり旨(うま)い物ではない。そうして滋養分も存外少ないようである。蟷螂狩りに次いで蟬取(せみと)りという運動をやる。単に蟬といったところが同じ物ばかりではない。人間にも油野郎(あぶらやろう)、みんみん野郎、おしいつくつく野郎がある如く、蟬にも油蟬、みんみん、おしいつくつくがある。油蟬はしつこくて行かん。みんみんは横風(おうふう)で困る。ただ取って面白いのはおしいつくつくである。これは夏の末にならないと出て来ない。八(や)つ口(くち)の綻(ほころ)びから秋風が断わりなしに膚を撫(な)でてはっくしょ風邪(かぜ)を引いたという頃熾(さかん)に尾を掉(ふ)り立ててなく。善(よ)く鳴く奴で、吾輩から見ると鳴くのと猫にとられるより外に天職がないと思われる位だ。秋の初(はじめ)はこいつを取る。これを称して蟬取り運動という。

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 【吉野紙】奈良県吉野地方で産…

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