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 今から150年前、薩摩藩の西郷隆盛と長州藩の木戸孝允(きどたかよし)が京都で会談して締結し、両藩が倒幕へと突き進む出発点となったとされる「薩長同盟」。だが近年、「軍事同盟ではなかった」との見方が浮上している。

 「薩長同盟」は1866(慶応2)年、京都市上京区にあった薩摩藩の小松帯刀(こまつたてわき)邸で締結された。

 歴史上、この「同盟」が画期的とされるのは、「八月十八日の政変」や「禁門の変」などで直接砲火を交えた薩摩藩と長州藩が、この時、幕府を倒すために初めて協力して軍事的行動を起こす約束をしたとされるからである。

 戦いに敗れた長州の恨みは深く、薩摩藩を「薩賊」と呼ぶほどだったが、土佐藩の脱藩浪士だった坂本龍馬と中岡慎太郎が仲介。歴史ドラマなどでは、朝敵の汚名を着せられて窮地に陥った長州藩を救うため、坂本が渋る西郷隆盛を説得して会談を実現。二大倒幕勢力がようやく手を結ぶ場面として描かれることが多い。

 だが、その実情はいささか違っていたようだ。

 当事者の木戸孝允の手紙による…

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