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匠の圭

 まるで1―6、4―6と完敗したリオデジャネイロ五輪のデジャブかと思った。五輪のテニス男子シングルス準決勝の再現となったアンディ・マリー(英)との対決。錦織圭は第1セットを1―6で失った。第2セットも先にブレークを許して2―3と先行された。

 マリーは守備範囲が広く、ピンチから一転、チャンスにする強烈なカウンターを持つ。ビッグサーブがない錦織は1ポイントを奪うにも、手間がかかる。過去1勝7敗の戦績を見るまでもなく苦手なタイプだ。

 「堅守」への警戒感が先に立つから、ラインギリギリのきわどいコースを狙わざるを得ない。紙一重だからミスの数も増える。この日も序盤は、そんな悪循環が見えた。

 恵みの雨が錦織の頭を冷やした。第2セット第7ゲームで雨が落ち始め、一時中断。今年からついた屋根を閉めての再開となった。「ミスをしすぎていたので、それをなくすのが一番でした。戦術的に変えなければいけないところもあったので、雨に助けられた」と錦織は振り返る。

 再開直後にあっさりキープし、このセットを奪い返した。マリーもやはり強い。第3セットは奪われた。ただ、4大大会は2セット先取の3セット制ではなく、5セット制。逆転勝利の可能性が残っていた。

 リオ五輪でのマリーの勝因分析が記憶によみがえった。「5セット制のデビス杯と違い、今日は3セット制だった。ケイは第2セット終盤に調子が上向いたけど、時間切れだった。僕には幸運なことにね」。マリーの脳裏には今年3月のデビス杯での対決があったのだろう。錦織が2セットを連取された後に巻き返し、4時間54分に及ぶフルセットの大善戦に持ち込んだ好勝負。緩急を生かす攻めが有効で、「自分にあったテニスを発見できた」と収穫を口にした試合だった。

 リオでは反撃ののろしが遅すぎ、ブレークポイントすら握れない1時間20分での完敗に終わったが、同じ轍(てつ)は踏まない。錦織は教訓を無駄にしなかった。

 反撃開始。第4セットは6―1と圧倒し、勝負は最終セットにもつれこんだ。序盤からブレーク合戦の様相を呈し、いずれも錦織が先に破っては、マリーに追いつかれる展開が続いた。 錦織がブレークに成功し、勝利への流れを決定づけた第11ゲームの最後のポイントは、くしくも、リオ五輪で敗戦を決定づけたシーンと重なりあった。

 あの準決勝。4―5で迎えた第2セット最後のゲームで、錦織はフォアの逆クロスのリターンエースを2本決めた。ジュースまで持ち込んだが、その反撃の芽を堅守に摘まれた。マリーが体勢を崩しながら放ったバックハンドのストレートに反応できなかった。

 この日、ブレークに成功したポイントで、錦織は絶妙なドロップショットを放った。ダッシュしてきたマリーがバックハンドでストレートに狙ってきた。ネット近くに詰めていた錦織は右方向に飛びつく。打球はマリーの背後のコート内に弾んだ。

 錦織にリオ五輪の残像があったかはわからないが、肉体は抜群の反射神経で対応して見せた。勝利を大きく引き寄せた一打だった。

 世界ランキング1位のジョコビッチ(セルビア)が手首痛で完調でない今、同2位、マリーの安定感はツアー屈指といってもいい。絶好調のリオ五輪金メダリストを撃破しての4強入り。リオでの傷心を癒やし、錦織をさらなる高みに導く予感を抱かせる大金星だ。(編集委員・稲垣康介)

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