水俣病訴訟で原告弁護団の中心的な役割を果たしてきた弁護士の千場茂勝(せんば・しげかつ)さんが18日、誤嚥(ごえん)性肺炎で死去した。90歳だった。葬儀は20日午後1時から熊本市中央区帯山3の2の13の平安祭典熊本会館で。喪主は妻タマ子さん。

 熊本市出身。水俣病患者らが原因企業チッソの責任を追及するために1969年に提訴した1次訴訟で弁護団事務局長を務めた。以来、約30年にわたり水俣病裁判にかかわった。水俣病裁判で初めて国と熊本県の責任を追及した80年提訴の3次訴訟では弁護団長となり、87年に熊本地裁で第1陣の勝訴を勝ち取った。96年には一時金や医療費などの支給を条件に政府の解決策を受け入れるなど、患者の救済に尽力した。