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 今年7月末、諏訪湖の魚が大量に死んでいるのが見つかってから約2カ月が過ぎた。直接の原因は酸欠とみられているが、なぜ酸欠が起きたのかは依然分かっていない。特産のワカサギは壊滅的な被害を受け、9月からの投網漁の解禁も延期された。いったい諏訪湖で何が起こったのか。

 異変が起きたのは、7月26日の早朝。諏訪湖漁協組合員から「ワカサギが死んで浮いている」と下諏訪町の県水産試験場諏訪支場に第一報が入った。その後、漁協などが湖内を調査すると、湖内全域で死んで浮かんでいるワカサギが確認された。同日夕から吹き始めた南東寄りの風で、27日早朝には大量の死骸が北西湖岸の岡谷市と下諏訪町側に打ち寄せられた。

 異変の直後、漁協理事の藤森重利さん(59)は、試しに投網を打ってみた。数回打って30匹ほどのワカサギがかかったが、生きていたのは1匹だけだった。「全滅したかも知れないと思った」と振り返る。

 今月3日午前6時過ぎ、諏訪湖漁協裏の漁港に次々と試験捕りを終えた組合員が帰ってきた。藤森さんが捕れたワカサギが入ったトロ箱を見せてくれた。「少ないというレベルじゃない。これじゃ商売にならない」と嘆いた。腕の良い漁師で知られる藤森さん。この日、午前4時からの2時間で40回ほど休みなしに網を打ったが、漁獲はわずかに2・8キロ。昨年同日の漁獲(24キロ)の1割強だ。

 この日と9月5日の2日間の試験捕りには、組合員延べ24人が参加。結果は両日で37・55キロだった。昨年同期間の漁獲量286キロの13%ほど。過去5年の平均(338・58キロ)に比べても11%ほどだった。

 試験捕りの結果などから、漁協の藤森貫治組合長は「多くみても、生残率は2割ほど」と見ている。

 ワカサギの漁獲量は、減少傾向をたどっている。かつて年間200トンを超える漁獲量を誇ったが、ここ数年は、20~25トンほど。漁協にとって最大の収入は、全国約140カ所の湖沼への放流用卵の出荷だ。資源保護を目的に、漁協は出漁日数などの自主規制を続けてきたが、今回の大量死を受け、より厳しい規制がかかるのは必至だ。

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 酸欠はなぜ起きたのか。県水産試験場諏訪支場の見解はこうだ。

 例年、夏季には湖の底層に貧酸素の水塊がある。同じ時期、上空に寒気と湿った空気が流れ込んだことで、雨が降るなどして表層水が冷やされた。このため、比較的短い時間に湖水が混ざり合い、貧酸素水が表層まで湧き上がった。

 諏訪湖ではこれまでも、底層の貧酸素水が問題となってきた。一般的に、湖沼では夏季、気温や太陽で温められた比重の軽い表層の水と、比重の重い冷たい水とが二層化。上下2層の水は混じり合わず、底層は貧酸素状態になりやすいとされる。諏訪湖の貧酸素層は、溶け込んだ酸素量(溶存酸素量=DO)がゼロに近く、水生昆虫や貝類などは死滅し、生物が生きられない「死の世界」と呼ばれている。

 では、なぜ混じり合わないはずの上下2層の水が混じり合ったのか。

 諏訪湖漁協の藤森組合長は「極端な少雪で、雪解け水の流入が春先で終わった。空梅雨で河川から新鮮な酸素を含む川水の流入も少なかった。洪水調整のため、天竜川への放流を増やし、湖の水位を通常より下げたことも影響があったのでは」と指摘する。水位を下げたことで表層が薄くなり、風で表層と底層が混じり合った、との推測だ。

 これに対して、信州大山岳科学研究所の宮原裕一准教授は「研究者として、イエスとは言えない」と、藤森組合長の推測に首をひねる。

 異変が報告された7月26日のDOの数値は、湖心の水面で1リットル当たり6・4ミリグラム、湖底で同1・0ミリグラム。湖底は魚が生きられる限界とされる3ミリグラムより低いが、表層では十分に生きられる値だ。翌27日は、同じ湖心のDOは水面3・8ミリグラム、湖底2・0ミリグラムと、表層と底層が混じり合ったことを示す値が出ていた。湖心以外の他の9地点のデータもほぼ、同じ傾向だった。

 「DOのデータが異常を示したのは、大量死の当日でなく、その翌日。このタイムラグは何なんだ」。宮原准教授は「大量死の直前のデータもなく、原因を探るためのデータがあまりにも不足している」と指摘する。

 大量死が起きた時、湖内の透明度が上がっていたことも報告されていた。県が7月29日に採取した湖心表層の水の調査では、酸素を生成する植物性プランクトンが通常の4分の1ほどに減り、透明度も通常の約2倍だった。県水産試験場諏訪支場の伝田郁夫支場長は「プランクトンと、大量死とが、どう関係しているかは分からない。もっと複合的な要因が絡み合っているように思える」という。

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 「大量死は、いつ起きてもおかしくはない」。国や県に貧酸素対策を訴え続けてきた諏訪湖漁協は、これまで以上の抜本的対策を求めている。

 これまで、諏訪湖の貧酸素対策の重点は、夏場に異常に繁茂して湖面を覆う水草のヒシを除去することだった。ヒシが枯れる際に大量の酸素を取り込むことなどが問題とされているからだ。だが、今回の大量死は、ヒシ以上の難題を投げかけた。漁業者、漁協、鮮魚商、加工業者、観光業者などへの死活問題ともなりかねない。

 藤森組合長は「今、手を打たなければ来年も同じことが起こる可能性がある」と主張。底層の貧酸素水を直接、外に出す方策を模索している。

 最も深いところで水深6メートルほどの諏訪湖は、岡谷市の釜口水門から天竜川に放流されている。水門上部からの放流で表層水だけが放流されているため、底層の水の層は動かないとされる。水門の下部から放流すれば底層水も流れるが、「(底層の)ヘドロが流れれば、下流域の生態系や、農業に影響が出る」と下流域の農協、漁協、自治体が反対している。

 この点について藤森組合長は「湖の底層から水門の外まで太いパイプを設け、サイホンの原理で、貧酸素水を吸い出せばいい」と提言。下流域の懸念に対しては「影響があるかないか、試験放流とモニタリングを実施すればいい」と指摘する。(三浦亘)