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 だによって、この五升五合が逆かさに上ると、上った所だけは熾(さか)んに活動するが、その他の局部は欠乏を感じて冷たくなる。丁度交番焼打の当時巡査が悉く警察署へ集って、町内には一人もなくなったようなものだ。あれも医学上から診断をすると警察の逆上という者である。でこの逆上を癒(い)やすには血液を従前の如く体内の各部へ平均に分配しなければならん。そうするには逆かさに上った奴を下へ降(おろ)さなくてはならん。その方には色々ある。今は故人となられたが主人の先君などは濡(ぬ)れ手拭(てぬぐい)を頭にあてて炬燵(こたつ)にあたっておられたそうだ。頭寒足熱は延命息災の徴と『傷寒論』にも出ている通り、濡れ手拭は長寿法において一日(じつ)も欠くべからざる者である。それでなければ坊主の慣用する手段を試みるがよい。一所(いっしょ)不住(ふじゅう)の沙門(しゃもん)雲水行脚(うんすいあんぎゃ)の衲僧(のうそう)は必ず樹下石上を宿とすとある。樹下石上とは難行苦行のためではない。全くのぼせを下げるために六祖(ろくそ)が米を舂(つ)きながら考え出した秘法である。試みに石の上に坐って御覧、尻が冷えるのは当り前だろう。尻が冷える、のぼせが下がる、これまた自然の順序にして毫も疑(うたがい)を挟(さしはさ)むべき余地はない。かように色々な方法を用いてのぼせを下げる工夫は大分発明されたが、まだのぼせを引き起す良方が案出されないのは残念である。一概に考えるとのぼせは損あって益なき現象であるが、そうばかり速断してならん場合がある。職業によると逆上はよほど大切な者で、逆上せんと何にも出来ない事がある。その中(うち)で尤も逆上を重んずるのは詩人である。詩人に逆上が必要なる事は汽船に石炭が欠くべからざるような者で、この供給が一日でも途切れると彼れらは手を拱(こまぬ)いて飯を食うより外に何らの能もない凡人になってしまう。尤も逆上は気違の異名で、気違にならないと家業が立ち行かんとあっては世間体が悪いから、彼らの仲間では逆上を呼ぶに逆上の名を以てしない。申し合せてインスピレーション、インスピレーションとさも勿体そうに称(とな)えている。これは彼らが世間を瞞着(まんちゃく)するために製造した名でその実は正に逆上である。プレートーは彼らの肩を持ってこの種の逆上を神聖なる狂気と号したが、いくら神聖でも狂気では人が相手にしない。やはりインスピレーションという新発明の売薬のような名を付けて置く方が彼らのためによかろうと思う。しかし蒲鉾(かまぼこ)の種が山芋である如く、観音の像が一寸八分の朽木(くちき)である如く、鴨南蛮(かもなんばん)の材料が烏(からす)である如く、下宿屋の牛鍋(ぎゅうなべ)が馬肉である如くインスピレーションも実は逆上である。逆上であって見れば臨時の気違である。巣鴨(すがも)へ入院せずに済むのは単に臨時気違であるからだ。ところがこの臨時の気違を製造する事が困難なのである。一生涯の狂人はかえって出来安いが、筆を執って紙に向う間だけ気違にするのは、如何に巧者な神様でもよほど骨が折れると見えて、なかなか拵(こしら)えて見せない。神が作ってくれん以上は自力で拵えなければならん。そこで昔から今日まで逆上術もまた逆上とりのけ術と同じく大(おおい)に学者の頭脳を悩ました。ある人はインスピレーションを得るために毎日渋柿(しぶがき)を十二個ずつ食った。これは渋柿を食えば便秘する、便秘すれば逆上は必ず起るという理論から来たものだ。またある人はかん徳利(どくり)を持って鉄砲風呂へ飛び込んだ。湯の中で酒を飲んだら逆上するに極っていると考えたのである。

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 【交番焼打】日露戦争のポーツ…

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