[PR]

 ある日の午後、吾輩は例の如く椽側へ出て午睡(ひるね)をして虎になった夢を見ていた。主人に鶏肉を持って来いというと、主人がへえと恐る恐る鶏肉を持って出る。迷亭が来たから、迷亭に雁(がん)が食いたい、雁鍋へ行って誂(あつ)らえて来いというと、蕪(かぶ)の香(こう)の物と、塩煎餅(しおせんべい)と一所に召し上がりますと雁の味が致しますと例の如く茶羅(ちゃら)ッ鉾(ぼこ)をいうから、大きな口をあいて、うーと唸(うな)って嚇(おどか)してやったら、迷亭は蒼(あお)くなって山下の雁鍋は廃業致しましたが如何(いかが)取り計いましょうかといった。それなら牛肉で勘弁するから早く西川へ行ってロースを一斤(きん)取って来い、早くせんと貴様から食い殺すぞといったら、迷亭は尻を端折(はしょ)って馳け出した。吾輩は急にからだが大きくなったので、椽側一杯に寐そべって、迷亭の帰るのを待ち受けていると、忽ち家中(うちじゅう)に響く大きな声がして折角の牛(ぎゅう)も食わぬ間に夢がさめてわれに帰った。すると今まで恐る恐る吾輩の前に平伏していたと思いの外の主人が、いきなり後架から飛び出して来て、吾輩の横腹をいやというほど蹴(け)たから、おやと思ううち、忽ち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲館の方へかけて行く。吾輩は虎から急に猫と収縮したのだから何となく極りが悪くもあり、可笑しくもあったが、主人のこの権幕と横腹を蹴られた痛さとで、虎の事はすぐ忘れてしまった。同時に主人がいよいよ出馬して敵と交戦するな面白いわいと、痛いのを我慢して、後を慕って裏口へ出た。同時に主人がぬすっとうと怒鳴る声が聞える、見ると制帽をつけた十八、九になる倔強(くっきょう)な奴が一人、四ツ目垣を向うへ乗り越えつつある。やあ遅かったと思ううち、かの制帽は馳け足の姿勢をとって根拠地の方へ韋駄天(いだてん)の如く逃げて行く。主人はぬすっとうが大に成功したので、またもぬすっとうと高く叫びながら追いかけて行く。しかしかの敵に追い付くためには主人の方で垣を越さなければならん。深入りをすれば主人自らが泥棒になるはずである。前(ぜん)申す通り主人は立派なる逆上家である。こう勢に乗じてぬすっとうを追い懸ける以上は、夫子(ふうし)自身がぬすっとうになっても追い懸けるつもりと見えて、引き返す気色もなく垣の根元まで進んだ。今一歩で彼はぬすっとうの領分に入らなければならんという間際に、敵軍の中から、薄い髯を勢なく生やした将官がのこのこと出馬して来た。両人(ふたり)は垣を境に何か談判している。聞いて見るとこんな詰らない議論である。

 「あれは本校の生徒です」

 「生徒たるべきものが、何で他…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら

こんなニュースも