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 「西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるのじゃない。西洋と大(おおい)に違う所は、根本的に周囲の境遇は動かすべからざるものという一大仮定の下(もと)に発達しているのだ。親子の関係が面白くないといって欧洲人のようにこの関係を改良して落ち付きをとろうとするのではない。親子の関係は在来のままで到底動かす事が出来んものとして、その関係の下に安心を求むる手段を講ずるにある。夫婦君臣の間柄もその通り、武士町人の区別もその通り、自然その物を観(み)るのもその通り。――山があって隣国へ行かれなければ、山を崩すという考を起す代りに隣国へ行かんでも困らないという工夫をする。山を越さなくとも満足だという心持ちを養成するのだ。それだから君見給え。禅家(ぜんけ)でも儒家(じゅか)でもきっと根本的にこの問題をつらまえる。いくら自分がえらくても世の中は到底意の如くなるものではない、落日を回(めぐ)らす事も、加茂川(かもがわ)を逆(さか)に流す事も出来ない。ただ出来るものは自分の心だけだからね。心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生徒がいくら騒いでも平気なものではないか、今戸焼の狸でも構わんでおられそうなものだ。ぴん助なんか愚(ぐ)な事をいったらこの馬鹿野郎と済ましておれば仔細(しさい)なかろう。何でも昔しの坊主は人に斬り付けられた時電光影裏に春風(しゅんぷう)を斬るとか、何とか洒落(しゃ)れた事をいったという話だぜ。心の修業がつんで消極の極に達するとこんな霊活な作用が出来るのじゃないかしらん。僕なんか、そんな六ずかしい事は分らないが、とにかく西洋人風の積極主義ばかりがいいと思うのは少々誤まっているようだ。現に君がいくら積極主義に働いたって、生徒が君をひやかしにくるのをどうする事も出来ないじゃないか。君の権力であの学校を閉鎖するか、または先方が警察に訴えるだけのわるい事をやれば格別だが、さもない以上は、どんなに積極的に出たったて勝てっこないよ。もし積極的に出るとすれば金の問題になる。多勢に無勢の問題になる。換言すると君が金持に頭を下げなければならんという事になる。衆を恃(たの)む小供に恐れ入らなければならんという事になる。君のような貧乏人でしかもたった一人で積極的に喧嘩をしようというのがそもそも君の不平の種さ。どうだい分ったかい」

 主人は分ったとも、分らないとも言わずに聞いていた。珍客が帰ったあとで書斎へ這入って書物も読まずに何か考えていた。

 鈴木の藤さんは金と衆とに従え…

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