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 旧建設省(現国土交通省)が1966年7月に川辺川ダム建設計画を発表して、今年で50年になる。9月は蒲島郁夫知事の「白紙撤回」から8年、民主党政権の「計画中止」表明から7年。旧水没予定地を抱える五木村の「孤立」の構図は変わらず、ダムと村をめぐる物語は未完のままだ。今も機会を得て、ダムを巡る人々の思いが発露する。

 村が96年、九州最大規模のダム計画に最終的に同意したのは、周辺市町村からも強い要請を受け、孤立無援の状態になったことも大きい。「受益地の下流域住民のため」と、苦渋の選択をした。

 2009年3月、村は「川辺川ダムと五木村」を刊行。和田拓也村長は序文に「村はダム建設に全面的に協力した結果、人材や歴史文化遺産などかけがえのない多くのものを失った」と書いた。そして、知事の白紙撤回で「先行きは全く不透明な状況に」なった。

 今年7月26日。球磨川水系流域12市町村長でつくる川辺川ダム建設促進協議会の総会で、来賓の松田三郎県議(52)は「『ダムは造らんとに、まだ建設促進協議会というとですか』と聞かれるが、法的には造らないと決まっているわけではない」とあいさつ。一瞬ざわついたが、終了後、本人は「2、3年に1回は言っているんです、みんなが忘れないように」と話した。

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