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 わたしが朝日新聞の札幌の報道部から東京の政治部記者に移った1974年、日本の政治は田中角栄首相の時代だった。シンマイの政治記者は「首相番」から始める。一日中、角栄さんにまつわりついて、だれとどんな用事で会ったか、執務室から出てきた角栄さんに聞く。角栄さんはせかせかと歩き、車に乗る。「風が強いなあ。風はいくら強くてもいい。風に耐えられなくちゃだめだ」などと言っていたことが記憶に残る。

 当時の自民党は、「三角大福中」の時代だった。三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、そして中曽根康弘、5人がそれぞれ派閥を率い、権力闘争を繰り広げて首相の座を争った。その一番手が角栄さん、5人はその後、次々と首相になって、それぞれの持ち味の政権をつくった。それぞれの派閥の担当記者も、一緒に首相の座の争奪戦に加わっているような気がしていた。記者の間にも相互に敵対的な気分が漂っていた。

 その次の政治家世代は、「安竹宮」が続いた。安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一の3氏である。竹下、宮沢も順次、首相になる。安倍晋太郎は首相になれないまま亡くなったけれども、息子の安倍晋三氏がその分を取り返すごとく長期政権となるかもしれない。「安竹」は仲がよく、宮沢はとくべつ知的な政治家でいささか肌合いは違っていた。ただ、敵というほどの対立関係ではなかった。

 さて、その次が「YKK」の世…

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