20日に53歳で亡くなった平尾誠二さんとは高校時代の同期だった。

 彼は京都・伏見工高、私は大分舞鶴高。1980年度の第60回全国高校ラグビー大会に出場し、彼は優勝、こちらは4強どまり。ともに高校日本代表の豪州遠征メンバーに選ばれたものの、主将の彼に対し、こちらはフォワード(FW)の地味な一選手。平尾さんは、いつもまぶしい存在だった。

 初めて顔を合わせたのは高校3年生の夏、長野県の菅平高原であった高校日本代表候補の合宿だった。

 身長180センチの平尾さんは、司令塔役としては当時大型のスタンドオフ(SO)。キック力抜群、ステップは切れ味鋭い。そして理論家だった。今のように海外の試合映像があるわけではない。技術書を精読し、自分なりのラグビー理論を作り上げたと聞いた。

 高校代表の試合で平尾さんに注…

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