平尾誠二さんは、劇的な変化を遂げる日本ラグビーを、常に引っ張ってきた。

 1984年から放映された青春ドラマ「スクール・ウォーズ」を見て、ラグビーを始めた人は多い。「泣き虫先生」山口良治監督が率いる京都・伏見工高ラグビー部の全国制覇までがモデルになった。初優勝時の主将だった平尾さんは、そんなドラマも超えるラグビー人生をかけぬけた。

 同志社大時代は、年に一度、満員の国立競技場で関東の人気校を蹴散らす、痛快な物語を紡いだ。相手に触らせないステップなど類いまれな技術と甘いマスクで人気を集めた。日本一の経験がなかった神戸製鋼に加わると、監督を置かないなど形や慣習にとらわれない発想でチームを進化させた。ラグビーだけにとどまらず組織論も語った。

 日本のラグビー界は不世出の彼…

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