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 風呂場にあるべき鏡が、しかも一つしかない鏡が書斎に来ている以上は鏡が離魂病に罹(かか)ったのかまたは主人が風呂場から持って来たに相違ない。持って来たとすれば何のために持って来たのだろう。あるいは例の消極的修養に必要な道具かも知れない。昔し或る学者が何とかいう智識を訪(と)うたら、和尚(おしょう)両肌(りょうはだ)を抜いで甎(かわら)を磨(ま)しておられた。何をこしらえなさると質問をしたら、なにさ今鏡を造ろうと思うて一生懸命にやっておるところじゃと答えた。そこで学者は驚ろいて、なんぼ名僧でも甎を磨して鏡とする事は出来まいというたら、和尚からからと笑いながらそうか、それじゃやめよ、いくら書物を読んでも道はわからぬのもそんなものじゃろと罵(ののし)ったというから、主人もそんな事を聞き嚙(かじ)って風呂場から鏡でも持って来て、したり顔に振り廻しているのかも知れない。大分物騒になって来たなと、そっと窺(うかが)っている。

 かくとも知らぬ主人は甚(はなは)だ熱心なる容子を以て一張来(いっちょうらい)の鏡を見詰めている。元来鏡というものは気味の悪いものである。深夜蠟燭(ろうそく)を立てて、広い部屋のなかで一人鏡を覗(のぞ)き込むにはよほどの勇気が入るそうだ。吾輩などは始めて当家の令嬢から鏡を顔の前へ押し付けられた時に、はっと仰天して屋敷のまわりを三度馳け回った位である。如何に白昼といえども、主人のようにかく一生懸命に見詰めている以上は自分で自分の顔が怖(こわ)くなるに相違ない。ただ見てさえあまり気味のいい顔じゃない。ややあって主人は「なるほどきたない顔だ」と独(ひと)り言(ごと)をいった。自己の醜を自白するのはなかなか見上げたものだ。様子からいうと慥(たしか)に気違の所作だが言うことは真理である。これがもう一歩進むと、己(おの)れの醜悪な事が怖くなる。人間はわが身が怖(おそ)ろしい悪党であるという事実を徹骨徹髄に感じた者でないと苦労人とはいえない。苦労人でないと到底解脱は出来ない。主人もここまで来たらついでに「おお怖い」とでもいいそうなものであるがなかなかいわない。「なるほどきたない顔だ」といったあとで、何を考え出したか、ぷうっと頰(ほ)っぺたを膨(ふく)らました。そうしてふくれた頰っぺたを平手で二、三度叩(たた)いて見る。何のまじないだか分らない。この時吾輩は何だかこの顔に似たものがあるらしいという感じがした。よくよく考えて見るとそれは御三の顔である。ついでだから御三の顔をちょっと紹介するが、それはそれはふくれたものである。この間さる人が穴守稲荷(あなもりいなり)から河豚(ふぐ)の提灯(ちょうちん)をみやげに持って来てくれたが、丁度あの河豚提灯のようにふくれている。あまりふくれ方が残酷なので眼は両方とも紛失している。尤も河豚のふくれるのは万遍なく真丸にふくれるのだが、お三とくると、元来の骨格が多角性であって、その骨格通りにふくれ上がるのだから、まるで水気(すいき)になやんでいる六角時計のようなものだ。御三が聞いたらさぞ怒るだろうから、御三はこの位にしてまた主人の方に帰るが、かくの如くあらん限りの空気を以て頰っぺたをふくらませたる彼は前(ぜん)申す通り手のひらで頰ぺたを叩きながら「この位皮膚が緊張するとあばたも眼につかん」とまた独(ひと)り語(ごと)をいった。

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