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 主人が満腔(まんこう)の熱誠を以て髯を調練していると、台所から多角性の御三が郵便が参りましたと、例の如く赤い手をぬっと書斎の中(うち)へ出した。右手(みぎ)に髯をつかみ、左手(ひだり)に鏡を持った主人は、そのまま入口の方を振りかえる。八の字の尾に逆か立ちを命じたような髯を見るや否や御多角(おたかく)はいきなり台所へ引き戻して、ハハハハと御釜(おかま)の蓋(ふた)へ身をもたして笑った。主人は平気なものである。悠々(ゆうゆう)と鏡を卸して郵便を取り上げた。第一信は活版ずりで何だかいかめしい文字が並べてある。読んで見ると

  拝啓いよいよ御多祥奉賀候(ごたしょうがしたてまつりそろ)回顧すれば日露の戦役は連戦連勝の勢に乗じて平和克復を告げわが忠勇義烈なる将士は今や過半万歳声裡(せいり)に凱歌(がいか)を奏し国民の歓喜何ものかこれに若(し)かんさきに宣戦の大詔煥発(かんぱつ)せらるるや義勇公に奉じたる将士は久しく万里の異境にありて克(よ)く寒暑の苦難を忍び一意戦闘に従事し命(めい)を国家に捧(ささ)げたるの至誠は永く銘して忘るべからざる所なり而(しこう)して軍隊の凱旋は本月を以て殆(ほと)んど終了を告げんとす依(よ)って本会は来(きた)る二十五日を期し本区内一千有余の出征将校下士卒に対し本区民一般を代表し以て一大凱旋祝賀会を開催し兼(かね)て軍人遺族を慰藉(いしゃ)せんがため熱誠これを迎え聊(いささか)感謝の微衷を表したくついては各位の御協賛を仰ぎこの盛典を挙行するの幸(さいわい)を得ば本会の面目不過之(これにすぎず)と存候間(ぞんじそろあいだ)何卒御賛成奮って義捐(ぎえん)あらんことをひたすら希望の至(いたり)に堪えず候敬具

とあって差し出し人は華族様であ…

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