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 折から表格子(おもてごうし)をあららかに開(あ)けて、重い靴の音が二た足ほど沓脱(くつぬぎ)に響いたと思ったら「ちょっと頼みます、ちょっと頼みます」と大きな声がする。主人の尻の重いに反して迷亭はまた頗る気軽な男であるから、御三の取次に出るのも待たず、通れといいながら隔ての中の間(ま)を二た足ばかりに飛び越えて玄関に躍(おど)り出した。人のうちへ案内も乞わずにつかつか這入り込むところは迷惑のようだが、人のうちへ這入った以上は書生同様取次を務めるから甚だ便利である。いくら迷亭でも御客さんには相違ない、その御客さんが玄関へ出張するのに主人たる苦沙弥先生が座敷へ構え込んで動かん法はない。普通の男ならあとから引き続いて出陣すべきはずであるが、そこが苦沙弥先生である。平気に座布団の上へ尻を落ち付けている。但し落ち付けているのと、落ち付いているのとは、その趣は大分似ているが、その実質はよほど違う。

 玄関へ飛び出した迷亭は何かしきりに弁じていたが、やがて奥の方を向いて「おい御主人ちょっと御足労だが出てくれ玉え。君でなくっちゃ、間に合わない」と大きな声を出す。主人はやむをえず懐手のままのそりのそりと出てくる。見ると迷亭君は一枚の名刺を握ったまましゃがんで挨拶をしている。頗る威厳のない腰つきである。その名刺には警視庁刑事巡査吉田虎蔵(よしだとらぞう)とある。虎蔵君と並んで立っているのは二十五、六の脊(せい)の高い、いなせな唐桟(とうざん)ずくめの男である。妙な事にこの男は主人と同じく懐手をしたまま、無言で突立(つったっ)ている。何だか見たような顔だと思って能(よ)く能く観察すると、見たようなどころじゃない。この間深夜御来訪になって山の芋を持って行かれた泥棒君である。おや今度は白昼公然と玄関から御出(おいで)になったな。

 「おいこの方は刑事巡査で先達…

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