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小さないのち 児相の現場で

 「いまから来い! なぜ来ていないの?」。受話器から女性の大声が響く。

 午後3時前、西日本にある児童相談所(児相)。女性ワーカー(児童福祉司)が担当する20代の母親からだった。身体的虐待が疑われたため半年ほど前に幼児を保護し、その後、乳児院に預けている。

 親元に戻すことを目指し、乳児院と協力して週1回、1時間の親子面会を続ける。この日はその面会日だったが、女性ワーカーが立ち合わなかったことに母親が腹を立てたのだ。

 「お母さん、すみません。今週は私は行かない週だとお伝えしたと思うのですが」。そう説明しても納得してもらえない。「私を大事に思ってくれていない!」。女性ワーカーは20分ほど耳を傾け、「来週お会いできますからね」と電話を切った。

 この女性ワーカーは30代で虐待の対応チームは4年目。1人で約70件の事案を担当する。家庭訪問や一時保護した子どもとの面談など、仕事は山積みだ。

 午後4時50分、電話が鳴った。さきほど話したばかりの母親からだ。女性ワーカーは不安や不満を聞き、丁寧に言葉を返した。「お母さん、がんばっていると思います。すごいです。だから、少しずつ面会の時間も増やしているんですよ」。40分以上、話した。

 その間、別の電話が何本も入る。伝言メモがほかの職員から次々に渡された。

 「正直、しんどいお母さんです」。だが、この母親自身も子どものころに虐待を受けていた背景がある。「話を聞いてほしい、受け止めてほしいお母さんなんですよね」

 子どもを保護した後の親とのやりとりは苦労の連続だ。

 「しっかり勉強しろ!」。親に一流大学に進学するよう執拗(しつよう)に迫られ、参考書で激しく頭をたたかれるなどした私立高校生が、学校の先生に助けを求めた。児相は身体的・心理的虐待だと判断し、高校生を一時保護した。

 担当のワーカーはチーム3年目。夜に何度も自宅を訪れ、保護者に改めてもらおうとしたが、聞き入れてくれなかった。

 「家には戻りたくない」。高校生の意思ははっきりしていた。一流でなくても、勉強して大学に進学したい気持ちはある。

 高校生を児童養護施設に入れ、そこから学校に通わせる必要があると、ワーカーは考えた。施設への入所について保護者に同意を求めたが、応じてもらえなかった。そこで、裁判所への申し立てを考えていると伝えた。裁判所が認めれば、保護者の同意がなくても施設に入所できる。

 しかし、今度は「もう退学だ。授業料の支払いを止める」と言い出したという。授業料が支払われないと転校を迫られる。高校生のことを考えると避けたい選択だ。担当のワーカーは言う。「学費が出なくなる可能性があるなど、児相としては簡単には保護者との関係を切れない」

 この児相では、親を教育し、子育てを支援するプログラムにも力を入れる。「保護者に変わってもらわないと、子どもを家に帰すことができないですから」とワーカーの一人は言う。

 ある父親は月1回、仕事帰りに児相に通う。数カ月前に幼い息子を骨折させた。児相は息子を一時保護したが、父親に反省が見られたため、帰宅させた。

 児相では、ワーカーと児童心理司が父親に向き合い、子どもが好ましくない行動をしたときの親の対応や、指示の出し方、ほめ方などを具体的に教える。家庭で実践した様子を報告してもらい、一緒に考える作業を繰り返す。父親自身の感情をコントロールする方法を学んでもらうまでの計5回の「講座」を続ける。

 ただ、児相には子育て支援プログラムを親に受けてもらう強制力はない。親に変わってもらうことの難しさをワーカーたちは痛感している。

     ◇

 〈親権と子どもの保護〉 一時保護した子どもを児童養護施設や乳児院などに入れるには親権をもつ保護者の同意が必要。同意しない保護者も少なくなく、その場合、児童相談所は児童福祉法28条に基づいて家庭裁判所に申し立て、認められれば施設に入所させることができる。

 2014年度は全国で350件の請求があり、267件が承認された。10年前に比べ約2倍に増えた。また、児相が親権喪失や親権停止、管理権喪失を家裁に請求したケースは14年度は22件。20件が承認された。

 親権を重く見て踏み込んだ対応をためらう児相も多かったが、最近は子どもの安全を守るために、施設入所に同意しない親たちに対して積極的に法的措置をとる児相が増えている。