昭和の名棋士の一人で、日本将棋連盟会長を長く務め、羽生善治三冠の師匠としても知られる二上達也(ふたかみ・たつや)九段が1日、肺炎で死去した。84歳だった。通夜・葬儀は近親者らで営んだ。喪主は妻郁子さん。

 50年に入門し、その年にプロデビュー。56年、入門から6年で八段という最短記録を作った。名人挑戦を争うA級順位戦には通算27期在籍した。

 攻め将棋で知られ、全盛期の大山康晴十五世名人(故人)にタイトル戦で度々挑んだ。3回挑戦した名人戦では及ばなかったが、王将、棋聖を奪った。82年に50歳で棋聖3連覇。タイトル獲得は計5期、棋戦優勝5回。90年に引退した。

 89~03年、歴代最長の14年間、連盟会長を務めた。戦後の詰将棋創作の代表的存在で、「二上詰将棋代表作」「将棋魔法陣」などの作品集がある。

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 〈弟子の羽生善治三冠の話〉 師匠として将棋連盟会長としていつも大きな存在でした。将棋界に遺(のこ)して頂いたものを大切に繫(つな)いで行きたいと思います。

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 〈加藤一二三・九段(76)の話〉 8歳年上の二上九段は94局戦ったライバルです。華麗で切れ味の良い攻め将棋。初めの頃は私にとって大きな壁でしたし、1982年の棋聖戦五番勝負では3連敗を喫したのが印象的です。棋士の中では一番打ち解けて話をした人で、一緒にお酒を飲むこともありました。お会いしたいなと思っていたのですが、ご病気だと聞いて気になっていました。心からご冥福をお祈り致します。