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武市千鶴子さん(1926年生まれ)

 長崎市の武市千鶴子(たけいち・ちづこ)さん(90)は、小学校に入学した時のことを今も覚えている。将来の夢について同級生たちが「大将になる」「看護婦になる」と語る中、武市さんは一人こう言った。「看板屋になる」

 自宅のそばに、映画の宣伝用の看板を描く作業場があり、その様子を見るのが好きだったからだ。絵を描くのは武市さん自身も得意で、女学校の頃は、卒業したら東京の美術学校に行きたいと思っていた。だが、戦争のためにあきらめざるを得なかった。原爆にも遭い、多くの遺体を焼いた。戦争の時代にほんろうされ、終戦の時のうれしさは「一生で一番じゃないかしら」という。

 絵への思いは持ち続け、時間に余裕ができた60歳ごろから本格的に油絵に取り組んだ。今は「やりたいことはやった」と満足する。

 90歳を迎えたこの夏。「生きているうちにお役に立てることがあれば」と取材を受けてくれた。絵に囲まれた自宅の部屋で武市さんの話に耳を傾けた。

 幼少期を過ごしたのは、くんちで知られる諏訪神社近くの長崎市出来大工町。後に現在のように蛍茶屋まで延びたが、もともとは、近くの馬町の電停が、路面電車の終点の一つだった。電線から電車に電気を送るためのポールがあり、終点でポールを付け替える様子を、武市さんはよく、しゃがんで見上げていたという。

 馬町には電車の車庫もあり、そこでは映画館に掲げるための宣伝用の看板を描いている職人たちがいた。家で見る絵本とは違い、大きな板にペンキで映画スターたちの姿が描き出されていく様子に武市さんは魅了された。「手品師みたいだった」。その場に通い詰め、職人が武市さんのために板でつくってくれた席に座って、看板ができていくのをじっと見ていた。「絵は生まれつき好きだった」と振り返る。

 父は呉服屋を営み、色とりどり…

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