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 柳家小さんの渋い芸を愛した漱石は、ステテコ踊りの珍芸で有名な三遊亭円遊にも親しみを抱いた。「円遊は鼻のおかげで飯を食い」――彼は生まれつき大鼻で、少時疱瘡(ほうそう)をわずらった。漱石が親近感をもったのは痘痕(あばた)ゆえだったかもしれない。子規宛ての手紙の中で「隣(とな)りに円遊を見懸けしは鼻々おかしかりしなあいつの痘痕と僕のと数にしたらどちらが多いだらう」(明治24年7月9日付)とふざけている。偉大な鼻をもつ金田鼻子は円遊から連想されたのかもしれない。漱石が子規と連れ立って寄席通いをし、「三四郎」(明治41年)の中で佐々木与次郎に小さん・円遊の鋭い比較論をさせているのは有名である。しかし漱石と落語の関係はもっと根が深くかつ広い。

 「僕は……づぼらな、呑気(のんき)な兄等の中に育つたのだ、又(また)従弟にも通人がゐた、全体にソワソワと八笑人か七変人のより合ひの宅(いえ)見たよに、一日芝居の仮声(こわいろ)を遣(つか)ふやつもあれば、素人落語(しろとばなし)もやるといふ有様(ありさま)」(談話筆記「僕の昔」〈明治40年2月「趣味」〉)だった。

 人間関係の湿り気を嫌った漱石…

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