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 作家・三島由紀夫(1925~70)が16歳のときに初めて筆名で書いたデビュー作「花ざかりの森」の自筆とみられる原稿が、熊本市内で見つかった。原稿用紙にいったん本名の「平岡公威(きみたけ)」と書いた後、2本の線で消して筆名に書き直したことが確認できる。三島文学に詳しい近畿大の佐藤秀明教授(日本近代文学)は「文筆家としての『三島由紀夫』が誕生したと言える貴重な原稿だ」と話す。

 作家・三島由紀夫としてのデビュー作「花ざかりの森」の原稿が見つかった。当初、三島は本名での発表を望んでいたとされ、原稿用紙にいったん本名を書いた後、筆名に改めていた。専門家は三島研究における貴重な資料とみている。

 所有していたのは熊本市出身の国文学者、蓮田善明(1904~45)の長男、晶一氏。「花ざかりの森」は三島が学習院中等科に通っていた41年、蓮田や熊本県出身の同校教師、清水文雄らが発行する雑誌「文芸文化」に掲載された。「わたし」が祖先に思いをはせる詩的な物語で、当時16歳の三島の才能が世に知られるきっかけとなった。

 三島を研究する作家の西法太郎氏が60年代の雑誌の記述などから今年、蓮田家にあるとみて接触し、確認した。今年8月に晶一氏が亡くなり、10月に熊本県立図書館に寄贈された。

 原稿は56枚。4部構成のうち最後の1部が欠落している。冒頭、三島の本名である「平岡公威(きみたけ)」が2本の線で消され、筆名に書き直されている。

 筆跡を見た佐藤秀明・近畿大教授は「10代の頃の本人の文字だ。蓮田家にあったのなら原稿の真贋(しんがん)を疑う余地もない」と話す。三島は本名での発表を望んだが、学生だったことから清水らが筆名を勧めたとされる。今回の発見でこうした経緯が裏付けられた。「花ざかりの森」の異稿を所蔵する三島由紀夫文学館(山梨県山中湖村)の松本徹館長は「三島のペンネームが生まれた臨場感が伝わる」と話した。

 寄贈を受けた熊本県立図書館は、一般公開に向けて詳しい調査を進めている。(岩崎生之助)