[PR]

溝浦義則さん(1946年生まれ)

 原爆投下から72回目の8月9日。「胎内被爆者」と呼ばれる人たちの集いが長崎市内であった。2014年に胎内被爆者の会が結成され、3回目となる今回の集いを長崎で初めて開いた。東京や広島、福岡、長崎などから約20人が参加。長崎での開催に奔走したのが、長崎の胎内被爆者である溝浦義則(みぞうらよしのり)さん(70)=福岡県筑紫野市=だった。

 胎内被爆者は被爆した当時、母親の胎内にいた人たちのことを言う。2016年3月末の厚生労働省のまとめでは、全国に7224人。被爆者全体の4・1%にあたる。長崎県内には1500人余り。「最年少の被爆者、最後の被爆者」とも呼ばれる。

 溝浦さんが長崎での集いを企画したのは、被爆者が高齢化する中、最年少の被爆者としてできることはないかと考えたからだった。被爆の悲惨な様子は見ていないが、自分たちにできることはあると考えている。終戦直後に生まれ、戦後日本の歩みとともに生きてきた溝浦さんの半生を聞いた。

 溝浦さんは戦後、ものごころがついてから家族に原爆の話を聞いた。もしかすると、溝浦さんは生まれてきていなかったかもしれなかった。

 被爆時、溝浦さんは母親のスエ…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら