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 子どもが虐待で亡くなる事件が後を絶ちません。兆候があっても児童相談所や自治体が十分に対応できなかったり、行政と保育施設、病院などの連携が不十分だったりして防げなかったケースも少なくありません。虐待から子どもを守るための社会の仕組みについて考えます。

「救えなかった」無念今も

 子どもの命をみつめる企画「小さないのち」。児童虐待の実態を伝えた一連のシリーズに、ある政令指定市で虐待対応を担当している職員からも匿名で声が寄せられました。

 この職員は、かつて担当した子が虐待で命を落としました。ネグレクト(育児放棄)状態だったため、児童相談所(児相)に「危ない」と伝えていましたが、結局、一時保護されないまま、親からの暴力で亡くなりました。「救えなかったという気持ちは今も残っている。たぶんずっと乗り越えられない」と、無念の思いを記者に語りました。

 重大な虐待事件が起きると、自治体は第三者の検証委員による「検証報告書」の作成を求められます。この職員も上司から、報告のための書類をまとめるよう言われたものの、検証委員に直接話を聞かれることはありませんでした。「その子の命が失われたことを後に生かすためには、担当者がどう動いたのか直接聞くべきなのに」との思いが残ったといいます。

 全くの未経験者が突然虐待担当として配属されたり、親に関する情報提供を医療機関に求めても断られたり、虐待のリスクがある家庭に対して自治体内で複数の課をまたいだ支援ができていなかったりと、虐待にきちんと対応できない構造的な問題を感じることもあるといいます。「起きたことに対応するだけではだめ。たとえば教員の免許を取得する際に虐待に関する知識を教えるなど、いろいろなところに同時に手を打ってほしい」と話しています。

 また、児相での勤務経験があり、「告発 児童相談所が子供を殺す」(文春新書)の著者である山脇由貴子さんは、「児相は人手が足りず、専門性もない。親との敵対も避けがちだ」と指摘しています。

 児相が関わっている家庭で問題が起きれば責任を問われるため、早く関与を終わらせようと市に対応を任せたり、地域や学校に「見守り」を依頼したりするケースもあったといいます。「児相を国の機関にし、児童福祉司も国家資格にするべきです。現場で経験を積まないと資格を取れないような制度にしたほうがいい」と山脇さんは提言しています。(山本奈朱香)

 東京都内の大学病院で医療ソーシャルワーカーとして働く女性(28)は10月末、虐待の勉強会を院内で開き、医師や看護師らに「小さないのち 奪われる未来」の連載記事のコピーを配りました。継母からの暴行により5歳で亡くなった「なっちゃん」の笑顔の写真が載った記事(10月16日付朝刊)を見せ、「なっちゃんの笑顔の前で、これ以上、見て見ぬふりができますか。もっと積極的に子どもたちに関わっていきませんか」と呼びかけたといいます。

 病院では、月1回会議を開き、身体的虐待が疑われるケースや、不適切な育児が考えられるケースなどへの対応を検討してきたものの、子どもに不自然なけがが生じた理由や、退院後の子どもの暮らしにまでは思いが至らないことも多かったと感じていました。虐待を疑うことで保護者に苦情を言われるリスクを心配する声もあったといいます。

 せっかく自治体や児相に連絡しても、対応する職員の専門性には大きな個人差があり、対応が遅いと感じることもしばしば。「今、この瞬間も子どもたちは苦しんでいるのに」という無力感に打ちのめされてきました。

 勉強会では、参加者たちから「気が引き締まった」「疑う目も必要かもしれない」「何よりも『子どものために』を優先したいと思った」といった声が上がったそうです。

 女性は「病院でできることは限られているかもしれないけれど、日々の業務の中で精いっぱい、できることに取り組んでいきたい」と話しています。(山田佳奈)

児童福祉司、国が養成を 西澤哲・山梨県立大教授(臨床福祉)

 同じような児童虐待が繰り返される背景には、行政対応の現場のスキルの低さがあります。

 虐待対応にあたる児童福祉司の養成を国は地方任せにしていますが、全国で一定の行政サービスを確保する「ナショナルミニマム」の考えで国が養成を担うべきではないでしょうか。米国では虐待に対応する専門機関があり、職員もみな専門家です。日本では一般行政職でも児童福祉司になることができますが、虐待対応は公務員が人事ローテーションで回すような仕事ではないんです。

 重大な虐待事例を自治体が検証する制度が定着すれば、教訓が生かされ、職員のスキルも上がると思っていましたが、見通しが甘かった。英国の検証では、専門家が関係者から話を聞き、行政対応など構造上の問題も拾い出すようにします。責任も問われます。でも日本での検証で関係者に話を聞こうとすると、「いまさら蒸し返すんですか」などと言われてしまいます。検証委員も行政が指名するので人選もお手盛りになりがち。行政機関から独立したところが検証を担う制度にしないといけません。

 児相が子どもの一時保護をためらうケースもよく見られます。その理由として、よく親権の問題が挙げられます。日本では、「親権者の言うことは絶対」のような雰囲気がありますが、親権とは本来、「子どもは権利を主張する力を持っていないから、親が子どもの代弁者となる」というものです。

 米国では、虐待すれば簡単に親権を喪失し、子どもは里親に育てられます。日本は里親がまだ少ないので同じようにはできませんが、子どもの安全のために親権停止するケースはもっとあっていいと思います。

病院を核にして情報共有 四国こどもとおとなの医療センター・木下あゆみ医師

 研修医1年目に、入院していた小学生の女の子を担当しました。虐待の被害者で、児相と退院後の対応などについて話し合いました。大人の関わり方しだいで子どもの人生が変わると感じ、虐待問題に関わる原点になりました。

 育児支援外来の問診では、長い時間をかけてお母さんらの話を聞きます。例えば子どもの体重が増えないとき、育児や家族関係の悩み、貧困などで子どもに集中できないのかもしれません。親に悪意はなくても、育児の仕方を知らなかったり、親自身の病気などで育児ができなかったりして、ネグレクト(育児放棄)状態になってしまうこともあります。

 保護者の行為を否定し、病院に来なくなったら、その保護者はどこに行くのでしょうか。とにかく信頼関係をつくった上で、離乳食の量や時間を決めるなどします。

 育児方法をアドバイスしたり、行政サービスにつないだりすることもあります。こうした取り組みは児相や自治体がすることであって、病院の役割を踏み越えているという意見もあると思います。でも、いろんな人たちが来てくれる病院だからこそ、できることがたくさんあると感じています。

 病院で診察した、気になる子どもたちについて、児相や周辺市町村の保健師さんらと情報交換する会議を10年以上続けています。病院を核に自治体の枠を超えて情報を共有することは、家庭状況をより広く詳しく把握するのに有効だと思いますが、今は病院独自の取り組みです。公的な制度に裏打ちされれば、もっと広がっていきやすいと思います。

子どもの将来見据えた支援体制を

 「国の施策は穴だらけで肝心なところは現場任せ。マンパワーに頼るのもいい加減にして」。ある自治体職員の悲鳴のような言葉が心に残りました。専門性を高める仕組みがなく、現場は丸腰で虐待対応に挑まされていると感じます。親のサポートや、里親らが家庭的な環境で子を育てる制度など、子どもの将来まで見据えた支援体制を整えることが私たち大人の責任ではないでしょうか。(山本奈朱香)

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 シンポジウム「小さないのち 守るためにできること」が12月10日午後1時半~5時、東京都中央区の浜離宮朝日ホールで開かれます。朝日新聞社とNPO「Safe Kids Japan」(SKJ)の共催。

 本紙企画「小さないのち」などを題材に、子どもの命を守る社会のあり方や、具体的な事故予防策について考えます。託児サービス付き(先着20人、1~6歳が対象)。参加申し込みはSKJホームページ(http://safekidsjapan.org/別ウインドウで開きます)で。定員200人。

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 ご意見はメールasahi_forum@asahi.comメールするか、ファクス03・5541・8259、〒104・8011(所在地不要)朝日新聞オピニオン編集部「小さないのち」係へ。