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     十

 「あなた、もう七時ですよ」と襖越(ふすまご)しに細君が声を掛けた。主人は眼がさめているのだか、寐(ね)ているのだか、向うむきになったぎり返事もしない。返事をしないのはこの男の癖である。是非何とか口を切らなければならない時はうんという。このうんも容易な事では出てこない。人間も返事がうるさくなる位無精になると、どことなく趣(おもむき)があるが、こんな人に限って女に好かれた試(ため)しがない。現在連れ添う細君ですら、あまり珍重しておらんようだから、その他は推(お)して知るべしといっても大した間違はなかろう。親兄弟に見離され、あかの他人の傾城(けいせい)に、可愛がらりょうはずがない、とある以上は、細君にさえ持てない主人が、世間一般の淑女に気に入るはずがない。何も異性間に不人望な主人をこの際ことさらに暴露する必要もないのだが、本人において存外な考え違(ちがい)をして、全く年廻りのせいで細君に好かれないのだなどと理窟(りくつ)をつけていると、迷(まよい)の種であるから、自覚の一助にもなろうかとの親切心からちょっと申し添えるまでである。

 言いつけられた時刻に、時刻が…

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