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 「上方漫才の父」と呼ばれる漫才作家の秋田実(あきたみのる)氏(1905~77)が残した膨大な原稿用紙やメモなどが、大阪の長女宅で見つかった。謎が多かった終戦前後の旧満州(中国東北部)での体験をつづったエッセーも発見。専門家は「未発表の可能性が高く、貴重な資料だ」と評価する。

 生涯に7千本を超える漫才台本を書いたとされる秋田氏。NHK連続テレビ小説「心はいつもラムネ色」(1984~85年)では主人公のモデルとなった。今年で没後40年になる。

 今回見つかったのは、日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」の首都・新京(現在の長春)での体験を記したエッセー。長女で童話作家の藤田富美恵(ふみえ)さん(78)が昨年2月、大阪市内の自宅で遺品の資料を整理中、発見した。保管状況などから、46~51年の執筆とみられる。

 エッセーで秋田氏は、敗戦直後に仲間らと、ソ連兵に踏み込まれた時のふるまいを練習したと振り返る。

 「挙げた両手は外側から弧を描く様にして緩(ゆ)る緩ると下すことが絶対に肝要で、迂闊(うかつ)に真直すっと下してポケット等に手を突込(つっこ)むと、拳銃を忍ばせているものと感違ひされ、射殺される惧(おそ)れが多分にある」

 「闖入(ちんにゅう)された以上は、もう諦(あきら)めて、被害を最小限度に喰(く)ひ止める為(ため)に、出来るだけ愛嬌(あいきょう)よく持てなして、機嫌を損ねさせぬ様にするのが一番の方法」

 やがてソ連兵の襲撃は現実のものになった。

 「台処にお湯を貰(もら)ひに行った女が蒼白(そうはく)になって部屋に駈(か)け戻って来たので、私達は慌てふためいて、女達を手筈(てはず)通り窓からやっとのことで逃し終へた時には、もう廊下をガッタ!ガッタ!と強く緩くりと踏みつける恐怖の靴音が心臓にぢかに響くほどの間近かに迫ってゐた」

 部屋に入ってきたソ連兵は「チャースイ!」と叫んだ。「茶水」と理解して茶を出そうとしたが、兵士は怒鳴って出ていった。納得したのは2、3日後に古本屋でロシア語解説の本を見た時。「チャースイ……時計 と書かれてあった。お茶ではなかったのか!」

 見つかったのは10行×20文字の原稿用紙8ページ分。結末部分は不明だ。

 「上方漫才黄金時代」(岩波書店)の著者で作家の戸田学さん(53)は「未発表とみられる貴重な資料。ソ連兵の襲撃という、死も覚悟したであろう出来事を振り返る文章でも、きちんとサゲ(オチ)を付けようとしている。プロの台本作者としての習性を感じさせる」と話す。

 秋田氏は45年3月、国策会社…

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