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 介護の現場で、腰痛が悩みの種となっています。介護職員でつくる労働組合の調査では2人に1人が痛みを抱えていると答えました。寝たきりの人を抱えたり、持ち上げたりすることは、体にとって大きな負担。悩みの解消につながる手がかりが、日本の伝統武術にあると聞きました。古武術を採り入れ、筋力だけに頼らない介護術を提唱している介護福祉士の岡田慎一郎さん(44)に、介護の取材をしている記者がアドバイスを受けました。土台となる体の動かし方を知る「準備編」、人を楽に移動させるコツを学ぶ「基礎編」、介護の現場で役立つ「実践編」の3回に分け、動画と記事で紹介します。

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 「腰を痛める問題が起こるのは、私たちの普段の動き方が、すでに体を痛めやすい状態にあることです」。腰を痛めないようにするには、「全身の連動性」を高めることが最も大切と、岡田さんは力説します。腕や足の筋力だけに偏らず、全身を連動させて使うことで、楽に力が出せ、負担を分散させることができるからです。

 全身の連動性を高めるために、(1)下半身、(2)上半身、(3)体幹部に分けて、体の動かし方を学びます。【チェック】【問題点】【改善方法】の流れで進めます。

(1)下半身 建物でいえば基礎にあたる部分で、介護技術の「土台中の土台」となります。股の関節全体を使うことで、足腰が安定し、介護技術が向上します。

 【チェック】 〈写真1〉のように、しゃがんだ状態で草取りをするような動きができるか、確認します。洋式化された家屋で、椅子で暮らすことに慣れた現代人にはつらい動作ではありませんか?

 【問題点】 椅子に座る生活スタイルの影響から、しゃがんだ姿勢では、ひざを中心に使って歩こうとするため、ひざや太ももの前側に負担が集中しやすくなります。

 【改善方法】 きちんとしゃがみ、歩くには、股関節がしっかり使えることが大事です。股関節から動けば、ひざに負担がかからず、脚全体の筋肉が使いやすく、負担も分散してきます。それらの動作ができることは、介護技術の土台がしっかりしていることも意味します。介護では、中腰になったり、しゃがんだりと様々な体勢となるため、股関節の滑らかな動きを引き出す必要性があるからです。

 そのための運動を紹介します。〈写真2〉のように、肩幅よりやや広めに両足を広げ、立った状態から、腰を下ろしながら股関節を使ってひざとつま先を左右に広げていきます。その動きによって、太ももの前、内、裏と全体の筋肉が使われ、負担も分散していきます。立ち上がる時は、やや体を前に傾けながらひざとつま先を閉じていきます。この時も同様に足全体の筋肉を使い、負担を分散します。足をらせん状に動かして、体を上下させる大相撲の横綱土俵入りの型のようなイメージです。

(2)上半身 相手を抱える時に、腕力だけに頼っては、いくら力自慢でも大変です。何度も繰り返すと手首やひじ、肩を痛めてしまうこともあります。そこで、背筋の力をうまく使って、もっとも大きな力が出せるよう、背中と腕とを連動させていきます。

 【チェック】 〈写真3〉のように、両腕を伸ばして手を軽く握った状態で、ひじを回します。次に、手を離した状態で同じように、ひじを回すことができますか?

 【問題点】 ひじを動かそうと思うと、ひじの周辺だけで動かす方が多くいます。しかし、ひじ、腕を動かしているのは背中です。本来、背中と腕とは連動するはずですが、生活が便利になり、手先、腕先だけを動かす癖がつき、背中の動きが引き出しにくくなっています。

 【改善方法】 背中を動かすポイントは肩甲骨の使い方。背中の筋肉は内側も外側も肩甲骨に集約しています。〈写真4〉のように肩甲骨を広げたり、〈写真5〉のように狭めたりすることで、背中の動きを腕に伝えていきます。

 両手を組んで腕を伸ばした状態で、肩甲骨を広げるとひじが横向きになり、狭めると下に向きます。コツがつかめると、背中の動きが滑らかに腕に伝わっていく感覚が得られます。背中と腕とが連動していくことで、抱える相手に力や動きが伝わりやすくなり、自然と介護技術がレベルアップしていきます。

(3)体幹部 上半身と下半身をつなげ、全身を連動させるのが体幹部の役割です。また、腰痛予防にも、適切な体幹部のポジションを知り、その使い方を日々の介護の中で実践することが重要になります。

 【チェック】 〈写真6〉のように、「気をつけ」の姿勢のまま両肩に重みを加えると、どうなるでしょう? たやすく体勢が崩れてしまいますね。

 【問題点】 体幹部を柔軟に使えないと、重さが分散せず、腰に集中してしまいます。また、多くの人は通常、何かを持ち上げた際に体を反らしますが、この姿勢では腰だけに負担がかかります。

 【改善方法】 〈写真7〉のように、肩の力を抜き、ひざと足の付け根を軽く曲げて骨盤をまっすぐに保ちます。お尻のしわを伸ばしきるようにすると、股関節がしっかり曲がった状態になり、姿勢が安定します。

 重さを体の一部に集中させないためには、体全体に分散させる必要があります。重さを全身で受けとめることができるように、正しい姿勢を保つことが大切です。〈写真8〉のように、常に股関節から体を曲げるようにして、骨盤と腰骨をまっすぐに保つと、腰だけに負担がかからない状態になります。そして、その姿勢は、負担を軽減するだけでなく、上半身と下半身をつなぎ全身が連動する質の高い動きを作り出す基礎にもなります。

 岡田さんは「介助そのものが腰を痛めるという意見もありますが、私はそう思いません。私は実際に介護の現場で働いてきて、腰痛になるどころか、かえって体が鍛えられました」と話しています。

 体作りの準備を整えたうえで、実際に楽に人を移動させるコツを解説してもらいます。(崔採寿)

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 〈介護と腰痛〉 介護職員の労働組合「日本介護クラフトユニオン」の2015年の調査(有効回答数327人)では、介護の仕事が原因で腰痛があると答えた人の割合は約57%で、このうち5年以上痛みが続いているのは約21%だった。厚生労働省の調べ(13年)によると、4日以上の休業につながった腰痛は4822件あったが、このうち介護施設を含む社会福祉施設での発生は約19%を占め、件数は10年間で2・7倍に増えていた。

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 岡田慎一郎〈おかだ・しんいちろう〉 1972年生まれ。理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。「ナンバ歩き」で知られる武術研究家の甲野善紀さんとの出会いをきっかけに、古武術の動きを応用した「古武術介護」を提唱。朝日カルチャーセンター立川教室などで指導している。