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 国技館の正面木戸。親方衆が輪番で、切符を裏返しながら「もぎり」をしている。裏にハンコのある客には、「あっちの入り口の、○番の茶屋に行ってね」。

 ハンコは、国技館内にある相撲茶屋の取り扱いという証しだ。20軒がのれんを連ね、和服の女将(おかみ)やたっつけ袴(はかま)の出方(でかた)が立ち働いている。初場所の軒には、木の枝に紅白の餅を刺した花餅が飾られ、新春を寿(ことほ)ぐ。

 「屋号が変わったのは2軒だけですよ」。国技館サービスの鷹中将(たかなかまさる)社長(65)が、毛筆の文書の写しを見せてくれた。1909(明治42)年6月、20代横綱梅ケ谷の雷(いかずち)権太夫らと茶屋が交わした規約だ。このときから20軒のまま、変わらず営業を続けている。

 回向院(えこういん)境内の小屋で興業をしていた時代。客に菓子などを売り、切符や場所取りを請け負う人たちが現れた。それが茶屋の発祥だ。

 鷹中社長が同僚の中立淳さん(50)に声をかけた。ともに茶屋の跡取り。1世紀前、旧両国国技館脇の長屋で茶屋の家族が暮らしていた。「その名残だね」。2人は本籍が全く同じだ。

 どの茶屋にも百年来の顧客がいる。19代横綱常陸山の孫で、「高砂家(たかさごや)」の女将市毛弘子さん(79)は、正面1列目マス席を大手ビール会社に届け続けている。

 旧両国国技館建設で、協会が助…

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