190センチの身長に、厚い胸板、丸太のように太い腕―。2日死去したダリル・スペンサーさんはいつも、相手を威圧する独特のムードを漂わせていた。体の上には精密な頭脳があり、投手の細かな癖を見抜いて球種を当てた。入団当時まだ「灰色の球団」と言われた阪急で、その存在感は際立っていた。

 1965年、野村克也(南海)と繰り広げた激しいタイトル争いは今も語り草。戦後初の三冠王を目指す野村を、スペンサーさんは本塁打と打率で激しく追い上げた。シーズン終盤、南海との直接対決であからさまに敬遠策を取られると、バットを上下逆さに持って打席に入る「抗議」も。10月に交通事故を起こして足を骨折するまで、野村の三冠王阻止に闘志を燃やし続けた。

 得意の球種盗みは、ごく小さな癖を見破る卓越した「目」から。配球などもノートに記録してナインに教えた。内野手の足をすくう激しい走法は、「殺人スライディング」と恐れられた。

 スペンサーさんの教えはナインに浸透し、阪急はやがて黄金時代へ。それは他球団にも流出し、一球ごとに頭を使い、策をめぐらす細かな野球に変わっていった。日本の野球を変えたという意味で、その功績は計り知れない。(時事)