拡大する写真・図版 村野藤吾が設計したロール加工工場。完成時にあった屋根や壁面の採光窓はふさがれている=北九州市戸畑区の新日鉄住金八幡製鉄所、金子淳撮影

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 日本を代表する建築家の一人、村野藤吾(1891~1984)が戦時中に設計した日本製鉄(現・新日鉄住金)八幡製鉄所の工場が、北九州市戸畑区に現存し、稼働していることが分かった。刊行されている村野の年譜には同製鉄所の複数の工場を設計したとの記録があるが、実際に建てられたのかはこれまで不明で、「幻の工場」だった。

 村野が設計したのは、八幡製鉄所の戸畑地区にあるロール加工工場。幅60メートル、奥行き150メートルの鉄骨造で、新日鉄住金の子会社の日鉄住金ロールズが所有している。1941年に建てられ、当時も今も、鉄板を延ばす円柱のロールを製造している。

 京都工芸繊維大の笠原一人・助教(近代建築史)がこのほど、同大の美術工芸資料館が所蔵する5万点を超える村野の図面の中から八幡製鉄所の三つの工場の設計図を確認した。

 設計図の表題はいずれも八幡製鉄所が所有する建物の記録と一致。その一つが「戸畑ロール旋削工場」(現在のロール加工工場)で、現存していた。その後、日鉄住金ロールズでも「村野建築事務所」と記された同工場の図面が見つかった。

 村野が設計を手がけた工場の数は限られるうえ、戦災などで多くが失われたらしい。八幡製鉄所の3工場のうち「第二製鋼工場混銑炉」「第一厚板工場材料手入場(ていれば)」は、すでに撤去されたとみられる。

 八幡製鉄所では、八幡地区にある旧本事務所などが「明治日本の産業革命遺産」の一部として世界文化遺産に登録されている。(奥村智司)

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 〈村野藤吾〉 佐賀県唐津市生まれ。現在の北九州市で育ち、小倉工業学校を卒業後に一時、八幡製鉄所に勤めた。広島市の世界平和記念聖堂(1954年)は戦後建築として初めて国重要文化財に指定された。他に伊勢志摩サミットの主会場となった志摩観光ホテル(51年)や新高輪プリンスホテル(82年)、旧そごう大阪店(35年)、日生劇場(63年)など幅広い建築の設計を手がけた。文化勲章受章。村野藤吾賞は建築界の権威ある賞の一つ。