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 外務省の定期的な外交文書公開が12日に始まった。敗戦による外交権停止で外交官が世界各地から引き揚げる際の名簿に、ナチスからユダヤ人を救うためリトアニア領事代理として「命のビザ」を発給した杉原千畝(ちうね)さん(1900~86)と家族の名があった。

 杉原さんは終戦時はルーマニア勤務の3等書記官で捕虜収容所に収監。「在ルーマニア公館員引揚予定者」などの文書によると、46年11月にブカレストを発ち、陸路モスクワからシベリアを経て中国・大連へ。47年4月に「恵山丸」で博多港に着くまで半年かかった。

 杉原さんに関する著書がある外交史研究家の白石仁章(まさあき)さんは「詳しい帰国状況は不明だったが、三男が7歳で亡くなったのは帰国後間もないとわかった。長旅がつらかったのではと胸が苦しくなる」と話す。

 杉原さんの妻幸子(ゆきこ)さん(資料では雪子)は生前の著書で、引き揚げの一行はソ連を移動中に各地で収容所に留め置かれ、呼び出された夫が拘束されないか心配したと記している。(斉藤寛子)