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 「それから、我に帰ってあたりを見廻わすと、庚申山一面はしんとして、雨垂(あまだ)れほどの音もしない。はてな今の音は何だろうと考えた。人の声にしては鋭すぎるし、鳥の声にしては大き過ぎるし、猿の声にしては――この辺によもや猿はおるまい。何だろう? 何だろうという問題が頭のなかに起ると、これを解釈しようというので今まで静まり返っていたやからが、紛然雑然糅然(じゅうぜん)としてあたかもコンノート殿下歓迎の当時における都人士狂乱の態度を以て脳裏をかけ廻る。そのうちに総身(そうしん)の毛穴が急にあいて、焼酎(しょうちゅう)を吹きかけた毛脛(けずね)のように、勇気、胆力、分別、沈着などと号する御客様がすうすうと蒸発して行く。心臓が肋骨(ろっこつ)の下でステテコを踊り出す。両足が紙鳶(たこ)のうなりのように震動をはじめる。これは堪らん。いきなり、毛布を頭からかぶって、ヴァイオリンを小脇に搔(か)い込んでひょろひょろと一枚岩を飛び下りて、一目散に山道八丁を麓(ふもと)の方へかけ下りて、宿へ帰って蒲団へくるまって寐てしまった。今考えてもあんな気味のわるかった事はないよ、東風君」

 「それから」

 「それでおしま…

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