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 明日が訪れるのは、かけがえのないこと――。兵庫県芦屋市の市立精道小学校では、妹一家3人を亡くした小学校教諭の往古卓巳(おうこたくみ)さん(56)=東京都練馬区=が、児童約700人を前に追悼の言葉を語った。

 往古さんは22年前の1月17日朝、東京で地震発生を知った。無事を祈りながら、妹の道子さん(当時33)一家が住む芦屋市の文化住宅にたどり着いた。

 2階建て。一家が暮らす1階はつぶれていた。道子さんと、長男で精道小4年の大喜君(当時10)、長女で同小2年のさら紗さん(当時8)は折り重なるような状態で見つかった。

 大喜君は歌が好き。人が集まると机の上で歌った。さら紗さんはセーラームーンのまねが大好きだった。「おじちゃん、またね」。震災直前に会った際、2人で往古さんの車を追いかけ、手を振ってくれたのが最後の姿になった。

 東京の母は「即死だったよね」と何度も確認してきた。その度にうなずく自分。「生きていて」との願いは、「苦しまず逝(い)ってくれていたら」という思いに変わっていった。

 道子さんは東京で育ち、兵庫の大学に進んで管理栄養士の資格を取った。2児をもうけ、離婚後に東京に戻って女手一つで育てた。兵庫で病院食をつくる仕事がみつかり、震災前年の春に引っ越して、地震に遭った。往古さんは「なぜ引き留めなかったのか」と自分を責めた。

 震災翌年、小学6年の学級の担任になった。教え子たちがここ数年、手紙や電話で、就職や結婚、出産を報告してくれる。「2人が成長した姿を見せてくれているのかな」

 教え子たちに2人が重なるときがあり、悲しみは消えないが、前向きに生きる大切さを改めて教えられた気がした。

 精道小では、22年前の震災で児童8人が亡くなった。往古さんは17日、児童らに語りかけた。「もしあの世があって、先に逝っているみんなに会えたら、たくさん話ができるように、笑って聞いてもらえるように、今を大切に生きていきたい」(森田貴之)