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 ふるさと納税に助けられた社長がいる。東日本大震災の津波と火災で水産加工場と自宅を失い、2年後に再出発したものの、当初は売り上げが月5万円。その後、ふるさと納税の返礼品需要で、一昨年には震災前の水準に戻った。「なんとか息を吹き返すことができた」という。

 宮城県の北東端に位置する気仙沼市。水産業が盛んで、ふるさと納税の返礼品には海産物が豊富だ。なかでもフカヒレはサメの水揚げ量日本一の気仙沼が誇る目玉商品で、45種類ものフカヒレ商品が並ぶ。

 人気の商品を提供しているのが有限会社「鼎陽(ていよう)」だ。大手を含め市内には10社ほどフカヒレ加工業者があるが、菊地純明社長(56)は「家族でやっているのはうちだけ」と話す。

 震災前、鼎陽には1千から2千ほどの取引先があったが、津波と火災で顧客データを失った。2年後の2013年1月、事業は再開したが販路が回復しない状況が続いていた。

 転機は15年。気仙沼市がふるさと納税制度を充実させるため、返礼品を増やそうとしていた。「忙しい割には利益が上がっていなかった。いくらかでも足しになれば」。そんな気持ちで参加した。

 「大手に勝つにはお得感を出すしかない」。単純にフカヒレの容量を比較すると、ある大手は2万円分の寄付に対して200グラム分の姿煮を用意しているが、鼎陽は1万円分の寄付で300グラム分のほぐしたフカヒレを提供した。

 それができたのは鼎陽が家族経営の企業だからだ。妻の明子さん(50)と切り盛りしているため人件費はかからない。加工場は広さ30平方メートルほどで調理鍋や冷凍庫などがある程度。設備投資費を抑えられた分、フカヒレの容量を増やすことができた。「うちは何でも自由に1人で決められた」。

 作戦は功を奏した。15年度、気仙沼市へのふるさと納税8563件のうち、鼎陽は26・6%に上る2283件を受注。この年の年商は震災前と同様の1500万円にまで回復し、このうち半分ほどがふるさと納税による売り上げだった。

 「気仙沼に遊びに行くんだけれど、あんたに会いに行ってもいい?」。商品を受け取った人からそんな電話がかかってくることもあった。「今やふるさと納税が生活の柱になっているが、無形の恩恵もたくさん頂いた。励ましが活力になっている」と菊地社長は話す。

 今後の課題は、販路の拡大だ。

 市は昨年10月、ふるさと納税の運営を民間委託した。返礼品はさらに増え、寄付額は今年1月末時点で前年度を上回る1億3900万円に達した。ただ、鼎陽の返礼品の受注は1月末時点で1226件と前年度を下回り、年商は15%ほど落ちた。気仙沼市の担当者は「ふるさと納税は気仙沼をPRする産業振興策。マーケティングを重ね各業者にフィードバックしたい」と話しているが、菊地社長は「何とか手を打たないと」と考えている。

 再出発を機に、菊地社長は社名を震災前の「マリンジャパネット」から「鼎陽」に変えた。気仙沼湾を望む地域は古くから「鼎浦」と呼ばれており、この地から昇る太陽のように「希望のともしび」になりたいとの願いを込めた。「ここまでやってこられたのは家族の協力や多くの支援があったから。この地に根ざし恩返しをしていきたい」(向井宏樹)