【動画】青来有一さんと柳美里さんの作家同士による対談も=野崎健太撮影
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 被爆者の証言を毎日伝えている朝日新聞長崎県内版の連載「ナガサキノート」の3千回を記念したシンポジウム「『あの日から』をつなぐ」が19日、長崎市であった。体験をどう語り伝えていけばいいのか。作家同士による対談や、被爆者らによる討論を通して考えた。主催は朝日新聞社、後援は長崎市、市教委、長崎平和推進協会、NCC長崎文化放送。対談の進行は編集委員の野上隆生、討論の進行は記者で連載開始時に長崎総局デスクだった佐々木亮が務めた。

 被爆2世で長崎原爆について書いてきた青来有一さんと、3・11後に福島県南相馬市に移住した柳美里さん。2人の芥川賞作家は対談を前に、東京電力福島第一原発がある福島県大熊町を訪れた。現地の写真を紹介しながら対談は進んだ。

 「突然、生活が断ち切られた」。青来さんは、全域に避難指示が出たままの町をそう表現した。かつてのメインストリートに人影はなく、50年続いたと聞かされたナシ農家の畑も荒れ果てていた。

 日常を断ち切られた経験は72年前の長崎に通じる。シンポジウムの前後に長崎原爆資料館で開かれた「ナガサキノート展」では、被爆の瞬間まで、いつもと変わらず暮らしていた人たちの水筒やドイツ語の本などの遺品が展示された。

 展示を見た柳さんは「8月9日だけをクローズアップするのではなく、その前にも後にも生活があったのだと伝わってきた」。

 2人は被災地で娘の遺骨を今も探し続ける父親に出会った。柳さんは「『家族を捜すのだから』と防護服を身につけず、普段着のままで……」と振り返った。

 青来さんは「家族がどうなったのか知りたい、遺体を見つけたいという思いは6年経とうが、70年経とうが変わらない。亡くなった家族への変わらぬ思い。福島と長崎が寄り添えるのは、その部分だと思う」。

 柳さんは災害FMでパーソナリティーを務め、被災者ら400人以上から話を聴いてきた。「悲しい経験は墓場まで持って行く、と口を閉ざす人もいる。でも、口を閉ざした悲しみは自分を傷つけてしまうことがある。語る人、聞く人、伝えていく人が必要だ」

 青来さんは「どう語り伝えていくか、長崎でも大きな問題。やはり、聞く人の存在が大切なのだと思う」と話した。(上原佳久)

■被爆者・被曝2世・若者…

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